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心残り

  • ドラ
  • 2015年8月19日
  • 読了時間: 5分

私が学生時代、一年ほど住んでいたのは、因縁深い地域でしてね。水汲、と書いて、みずくま、と読みまして。

では、何の水を汲むのか?

これは引越した後、しばらくして聞いたことなんですがね。実は江戸時代から明治に至るまで、水汲地区は処刑場だったそうでして。処刑者の血を洗う水を汲んだので、水汲、と呼ばれた訳です。

そのような地区でしたので、様々怪異はありましてね。それが家の外であればまだ我慢できますが、家の中で起こってしまったらねぇ・・・。

当時、私はその水汲地区で一軒家を借りていましてね。2LDKで、バス、トイレ別。引っ越す以前はバス、トイレ、キッチン共同の6畳ひと間のアパートでしたし。その上、家賃も、そのアパートに数千円足すだけで住める。ラッキィ、と飛びつきましたよ。同じ学部の友人から紹介してもらいまして。引越し当初は快適だったなぁ。

ある日の明け方、夢を見ましてね。

奇妙な夢で、全面青一色のモノトーンでして。私が憶えている限り、情景が全て青の濃淡で彩られた夢は、これ一つでしたねぇ・・・。ですので非常に印象深かった。

部屋の真ん中で自分が寝ていましてね。ふと気づけば、寝ている私の頭の上に人が立っていましてね。私の寝顔をじっと覗き込んでいたようです。

やがて、その人は歩き出しました。私の布団の周囲を、ぐるぐるぐるぐる休みなく廻りだしましてね。

その人、作業ズボンを履いていましてね。なんとなく見覚えがあったんですが、誰かはわからない。私は寝ているわけですから、歩いている人の下半身しか見えないんですよ。

(泥棒?)

そう思うと怖かった。夢の中の私は、様子を伺おうと、寝ているふりをしましてね。

 すると、その作業ズボンの人は、只歩き回っているんじゃないことに気付きましてね。部屋の中の何かを探しているようでして。本箱の中を頻りに覗き込んでいましたね。

ドンッ、ドンッ、ドンッ

という音が玄関からしましてね。どうやら夢の中ではなく、現実に玄関のガラス戸を叩いている音。驚いて飛び起きました。

 慌てて玄関に出てみますと、住んでいる一軒家を紹介してくれた友達が立っていました。

彼は同じ敷地内の別棟に宿を借りている友人でして。大家さんも一緒です。

「大変だよ。入院していた大家さんがね、昨日亡くなったんだ」

開口一番に彼はそう言いましてね。

 大家さんが入院しているのも知らなかったし、まさか亡くなったとは思ってもみませんでした。これからお通夜になる、と教えてくれましてね。

ところが困ったことに、その日は私にも予定がありましてね。サークルの後輩達を、車で合宿所に連れて行かなければならなかった。午后に出発すれば間に合う距離なのは幸いでしたね。

せめて、大家さんにはお線香を。ご遺族にはお悔やみを、と思いまして。早速、喪服を取り出しまして、着替えました。

大家さんのご遺体は、借家の細い道を挟んで向こう側の家に安置されておりましてね。北枕に寝かされておりました。

当時私は目の使い過ぎからか、肩こりを持っておりまして。北枕が肩こりに良いという俗信を耳にして、実践しておりました。

その為、僅か数メートルの間隔で、お亡くなりになった大家さんと並ぶ格好で寝ていたわけでして。お線香を捧げながら、ちょっと、ゾッとしちゃいましたよ。

ご遺族に、近くの公民館に案内されましてね。そこで食事の用意があったのですが、頂かずに、そのままお暇しました。後輩達の合宿が気になっていましたので。

件の合宿は、学校連合で他大学から来る一年生達の顔合わせのようなものでしてね。一泊二日の上、初日は大した行事もなく、夕食後は就寝の支度のみでした。

私も同輩とともに合宿場の外で夕食を食べ、宿に戻りまして、翌日のお迎えに備えようと帰ろうとしたのですがね。出直して、翌日また来るのが面倒になっちゃいましてね。車中泊を考えているところに、後輩達の誘いもあって、泊まることにしましてね。ベッドの空きもありましたのでね。

学生ですからね、合宿の夜とあっては怪談ですね。8人ほど頭を寄せ合いましてね、お互いにとっておきの怪談話を披露し合いましてね。

同じく付き添いで来ていた同輩が、

「知ってる?青い夢ってさ、死者からのメッセージなんだって」

と、ほとんど唐突に言い出しましてね。

 その瞬間、今朝見た夢を思い出しまして。お通夜やら、合宿やらの矢継ぎ早で、今朝の青い夢をすっかり忘れていたんですよ。

「実は俺、その青い夢を今朝見たの、今思い出した」

呟くようにそう言いましてね。夢の内容を話しながら、今一度思い出してみたんです。

 話の結びに、私の寝ている数メートル向こうで、大家さんのご遺体が並ぶように寝かされていた、と、笑い話に持っていこうとしたんですがね。笑えなかったなぁ。

と、言いますのは、私の寝ている周りを回っていた人物が誰なのか、解ってしまいましてね。

夢の中で、下半身しか見えなくとも、見覚えのある作業ズボンは、昨夜病院で亡くなった大家さんのものでした。

そして、私の部屋で彼が探していたもの、とは・・・。

生前、大家さんにお借りしていた、水汲地区に関する郷土史の本だと思います。希少本でしてね。大家さんも大事にしていた本でした。

ですから、真っ青な夢の中、作業ズボン姿の大家さんは、私の部屋の本棚辺りを覗き込んでいたんですね。亡くなった後も、自分の希少本の所在を気にして、化けて出ちゃったんでしょう・・・。まさしく、同輩の言うとおり、青い夢は死者のメッセージがあったというわけです。

合宿から戻り、大家さんから借りた本をご遺族にすぐに返したのは言うまでもなく。ご遺体に並ぶように寝ていた自分の部屋には、しばらく帰れなかったなぁ・・・。数日、友人宅で過ごさせてもらいました。

 
 
 

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