奇縁奇瑞
- ドラ
- 2015年8月19日
- 読了時間: 10分

これはまさに奇縁でしょう。そして、私はとある方達の成仏に携われたのかもしれません。
私は鎌倉散策が好きでしてね。それこそ毎週出かけた時期もありました。
女房を連れて、北鎌倉の古刹を訪ねましてね。何度も訪れているところですので、そのお寺で行っていない所を巡ってみようということになりましてね。
とある坊の小ぢんまりとして整ったお庭を拝見しましてね。ふと目についたのがちょっとした小道。辿って行きますと、墓地に至りました。
そこは常に一般公開しているわけじゃないらしく、偶々訪れることができました。これも奇縁なのでしょうね。もしくは呼ばれたのかもしれません。
向こう側にやぐらが見えましたので、そこまで歩き、ちょっとお邪魔しました。
やぐらの入口には大きな墓碑が建っていましてね。まだ新しそうでした。設置間際だったんじゃないかなぁ。
墓碑の名前を窺いますと、どうやら桜花隊の碑でした。数十人分のお名前が列記して刻まれておりました。
桜花隊といえば、ご存知の方も多くいらっしゃるとは思いますが、簡単に言うと特攻隊の方々です。終戦間際の悲しい歴史。15歳で散っていった方もおりました。
特攻隊ですと、零式戦闘機が有名ですよね。爆弾を積み、国を守るために敵艦に体当りしていく。壮絶です。
桜花隊も特攻隊でした。プロペラ式戦闘機ではなくグライダーです。動力はなく、親機に運んでもらい、米敵艦を前に切り離されて、飛び込んでいく。
レプリカを見たことがありますが、コックピットが添え物のように小さいんです。爆薬を積むために、必要最小限のコックピット設計だったんでしょう。しかもそのコックピットのすぐ向こう側には、戦艦を沈められるほどの爆弾が仕込まれている。
グライダーですからね。敵艦の砲撃を受けても避けることさえ難しかったのではないかと思います。
桜花に乗るパイロットさんの恐怖心もさる事ながら、親機に乗る操縦者のことを思いますとね、悲しいなぁ。恐らく、断腸の思いで、子機である桜花を切り離したんでしょう。
手を合わせ、ご冥福を祈りつつその場を去ったわけですが、今にしてみると、まるで導かれたかのようでした。あの時、歩き疲れていましたからね。無理してやぐらにたどりつく事もなかった訳です。
その日、外食後に帰宅して、ゆっくりしていました。布団に横たわっていますとね、携帯電話が鳴り出しましてね。
受信欄にはBさんのお名前がありました。慌てて着信しましたよ。
Bさんは私よりも一回り年上の友人でして。奥さんのCさんとともに、私達夫婦は長年お世話になっていました。
電話でしたが一年振りに話しましてね。
「元気ですか?近況はどうです?」
から始まりまして、共通の友人たちの近況を伝え合いました。
実はこれも、”奇縁”の一環だったんでしょう。Bさん御夫妻と連絡するときは、私達から電話するのが常でした。そんな中で、その日に限ってBさんの方から連絡を取って下さった。異例のことなんですね、これも。
Bさんは戦争マニアなところがありまして。過去、アメリカのスミソニアン博物館に行きまして、海中より引き上げて修復した零式戦闘機を見に行く程です。
余談ですが、Bさんがそこで撮影した零式戦闘機には、コックピットに半透明の操縦者が搭乗してました。戦争映画で見たような飛行機帽を被っていましたね。いわゆる心霊写真だと思います。
Bさんがおっしゃるには、スミソニアン博物館のその復元機、日本人が見学すると懐かしむのか、その戦闘機パイロットが姿を現すらしいんです。機会がありましたら。ぜひ試されるといいですよ。そのパイロットさんのご冥福をお祈りする機会が増えるわけですからね。
話を戻します。とにかく、戦争マニアで、特攻隊に少なからず興味のあるBさんから電話を下さった。それも、私たち夫婦が桜花隊の墓碑を見つけたその日の内にです。
「今日の今日、Bさんからご連絡戴くとはなぁ。まったく不思議と言うしかないんですがね。Bさん、実は今日、鎌倉に行きまして、桜花隊の墓碑を見つけましたよ。ご興味ありませんか?」
私が、まさに絶好のタイミング、という意味を込めてそう話しますとね、Bさんの興味の示し方が尋常ではなかった。
しばらくの沈黙のあと、普段は落ち着いていて静かなBさんが、
「その墓碑、どこにあります?え、北鎌倉?連れて行ってくれません?来週末にでも」
と早口に、ひどく興奮しています。
内心、まさにマニアだなぁ、と苦笑していましたが、実はそうじゃなかった。この時の電話は以後、展開が驚く程に飛躍してしまうんです。
まあこの時の私は、Bさんが予想以上に喜んで下さっていると素直に喜んでいましたがね。とにかく、来週の休日に北鎌倉で待ち合わせる約束をしました。
さて、待ち合わせ当日。早速Bさんを桜花隊の墓碑の前にお連れしましてね。Bさん、墓碑を前に、そこに並んだ故人のお名前をつぶさに確認しています。
難しそうな顔をして、彫り込まれたお名前の一つ一つを指で追い確認しています。まるでその墓碑から、ご親戚の名前を探し出しているようでした。
「あった。○○さん・・・。本当だったんだ・・・」
墓碑に書かれた人の名を呟きながら振り返ったBさんの表情は、緊張と驚愕で、少し青ざめていましたね。
訳をこちらから聞くまでもなく、ひどく緊張した表情のまま、こんな話をしてくれました。
時は当時の半年程前に遡ります。BさんとCさんの御夫妻が、再開発前の新宿ゴールデン街に行った時の事でした。
カウンター席の、広くはないお店だったそうです。古い知り合いが経営しているスナックで、店を畳む前に来ないか、という誘いを受けて、行ったんだそうです。
奥さんのCさんの隣が空席でしてね。結構長くそこで呑んでいたそうですが、隣は埋まらなかった。ほとんど満席な程の繁盛具合でしたがね、何故かCさんの横は空席のままでした。ひとりふらりと入ってくるお客さんがいても、座ろうとはせずに帰ってしまうんですね。
その様子を見ていたBさんが、
「空席のままじゃないの。誰か見えない人でも座っているのかな?」
と、冗談めかして言いますと、奥さんのCさん、
「うん。いるよ。あたし達が来る前から座っていたんだよ」
と、ひどく真面目な顔で応えたそうです。
実はCさん、”視える人”でしてね。のべつ幕なしに”見える”のではなく、何か異変に気づいて、視ようとすると”視えて”しまうそうです。
彼女は店に入った時からその席を気にしていたそうで。”視”てみますと、案の定、一人座っていたそうです。
Cさんが言うには、隣の席の人は最初、真っ黒な影に見えました。ところが時間を追っていくうちにそれははっきりとした人の姿になっていった。
どうやらその人はボロッボロの軍服らしいものを着ているようで、指揮官が被るような軍帽を目深に被っている。横顔は無表情で、じっとカウンターの向こうを眺めていたそうです。
隣の軍人幽霊さんは何をするでもなくただじっとしているだけでしたので、Cさんも気付いた素振りを見せなかった。放っておいたそうです。
ところが急にCさん、マスターに水を所望した。コップに入った一杯の水を、隣に置いたそうです。
Cさんの奇妙な素振りに、Bさんは少しゾクッとしながら尋ねました。
「この水、何?」
すると、
「Bさんが横の軍人さんに気付いちゃったから、軍人さんもあたし達に気付いたみたいよ。今まで人形のようにじっとして動かなかったのに、急に動き出したの。そうしたら、水を一杯呉れないか?水が欲しい、ってあたしに言うのよ。だからマスターに頼んだの」
と、Cさんは事も無げに言いましてね。
「あ、ありがとう、って言ってるね。この軍人さん。あ、消えちゃった」
幽霊の軍人さんは、水を飲み干してCさんに感謝すると、消えて行ってしまったそうです。
彼女の言う軍人さんの姿は見えないBさんにしてみれば、不思議な世界です。カウンターに置かれたコップの水には減った様子はない。
ところが、数分もしない内にCさんの隣の席は、新しく入ってきたお客さんで埋まってしまいました。
やはり彼女の言う通りなのだろう、Bさんはそう思ったそうです。
その後、数日経ったとある朝、Cさんは旦那のBさんにこう言った。
「ゴールデン街の軍人幽霊さんのこと、覚えてる?」
その言い様に、昨晩何かあったな、とBさんは思ったのだそうです。というのは、奥さんのCさん、夜中にかなりうなされていたんですね。
Cさんは夢を見ていましてね。ゴールデン街の軍人幽霊さんが出てきまして。
夢の中で軍人さん、スナックに現れた時と同じ格好で、同じように真っ直ぐ前を向いて立っているだけ。夢の中ですが、軍人さんはCさんにも気付いていないようだった。
最初の夢はそれだけだったそうですがね、日を跨ぎ、またCさんの夢に、軍人さんは出てきました。
ボーッ、と突っ立ったままの軍人さんをCさんが見ているところから夢は始まりましてね。ああ、この間の夢の続きだ、とCさんは思った。
そのうちに軍人さんはCさんに気づくと、真面目くさった顔で先日の水のお礼を言いましてね。お礼を言ったきり、黙っちゃったそうです。
2回目の夢もそれで終わってしまうんですが、Cさんは、この夢はずっと続いていくんだな、と思いました。
Cさんが思った通り、3度目以降、彼が現れた夢は段々と変化していきましてね。ポツリポツリと話すようになりました。
軍人さんの夢を見るのは、毎日ではなく、また、規則性があるわけではないそうです。ですが、日を追うごとに、その軍人さんとの会話が多くなっていくんですね。
軍人さんは特攻隊員であったこと。多くの部下を持ち、そして特攻ですべて部下が死んでいったこと。自分にも出撃命令が来て、散った話などをしてゆくんですね。
決して多くは語らないんだそうです。本当にポツリポツリとしか話さないため、彼から得られる情報は少ないんですがね。
それでもどんな人なのかはおおよそ分かったそうでして。彼の出身地がどうやら千葉県某所であることと、自身の階級、そしてとうとう自分の名前までCさんに告げたそうです。
Cさんは、桜花隊、という特攻隊があったことを知らないばかりか、桜花という爆弾を積んだグライダーも知らなかった。その彼女の口からBさんは”桜花隊”と聞いたものですから、かなり驚いたそうです。
それから数週間して、Bさんは私達のことをふと思い出したそうで。なんとなく電話してみたら、私がその日特攻隊員の墓碑を見つけた、と言ったため、Bさんは驚いた。私の口から、まさか桜花隊の話を聞くとは思っていなかったそうで。
脳裏に閃いたそうです。これは何か繋がるんじゃないか、って。その為、すぐに連れて行って欲しい、と電話口で言ったのですね。
Cさんから聞いた通りのお名前が、北鎌倉のとある古刹にある墓碑の中にありましてね。Cさんの夢に現れ続けた元特攻隊員の軍人さんが、実際に居たんだ、とBさん、納得したわけです。
奇妙な話でしょう?しかしこれは、本当にあった話なんです。そしてこの話の締めくくりに、もう一つ奇妙な夢の話に続くんです。
Bさんと鎌倉で別れたその日のことでした。奥さんのCさんの夢枕に、もう一度その軍人さんが立ったんですね。
その夜の軍人さん、真っ白な制服に真っ白な軍帽を身につけて現れた。海軍の出で立ちなんですよね。いつものボロボロの制服なんかではなかった。
その上、彼以外に十数人、制服姿の軍人さん達が彼の後ろに控えていました。一列に並んでいたそうです。
夢の中のCさんに向かい一斉に敬礼すると、彼等の背後に見えた光へと進んでいったそうです。
Cさん、彼らが消えていくのを見て、夢の中ですが、涙が溢れるのを止められなかったそうです。
後日、Cさんとも話す機会がありましてね。その時の夢の話が話題になりました。
Cさんが言うには、いつもの軍人さんの後ろに控えていたのは、きっと彼の部下たちなんだろう、と。
そして、奇妙な縁でCさんと出会った軍人さんは、これまた奇妙な縁で自分と仲間の名前が刻まれた墓碑を目にしました。その為、戦後も永らく彷徨っていた軍人さんの魂は、彼等の部下と巡り合い、心残りもなくなった。
亡くなって神様になった軍人さんたちですからね、成仏、というのはおかしいような気もしますが、きっと成仏したんでしょう。以後、Cさんの前に現れることも、夢で見ることもなくなったそうです。
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