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良縁良話

  • ドラ
  • 2015年9月9日
  • 読了時間: 6分

 怪談を集めていますとね、時に縁起の良さそうなお話が集まる時がありましてね。波があるんですが、一時期、そうしたお話しばかり集まる時があります。

 京都にある伏見稲荷大社さんの奇瑞と申しましょうか、縁起の良さそうなお話を一つ。

毎年の年末から年初にかけて、京都で過ごすことを楽しみにしている方が居りましてね。 大晦日の夜に京都入りし、正月から三が日のいずれかに家に帰る、というのが例年の行事だそうで。

その年、Hさんは、妹さんと友人のMさんを誘い、大晦日の夜に京都入りをしましてね。 大晦日の夜と元旦のホテルは予約できたそうですが、正月二日はキャンセル待ちだったそうです。 初日は市内のカウントダウンイベントを愉しみまして、ホテルで一泊目。 翌日は、起きてみたら昼頃だったそうで、少々予定は押され気味に、元旦の京都を市内観光したそうです。 Hさんのメインは、伏見稲荷さん。元旦の初詣を伏見さんに決めていたそうですが、Mさんも一緒ですからね。少々遠慮して、Mさんの要望通りに観光していますと、あっという間に夕方です。伏見さんの元旦初詣を諦めたそうです。まあ、観光時間も実質半日ですからね。仕方ないと思ったそうです。

二日目は朝から行動しましてね。午後に伏見さんに行こうということになりまして、寺社を回ったそうです。 正月の賑わいですからね、予定も遅れ気味になりまして。結局、伏見稲荷さんに到着したのは午後2時を回っていたそうです。盆地の京都は日が暮れるのも早いですからねぇ。

焦り気味に大鳥居を潜り、山道に足を踏み入れましてね。トンネルのような並んだ赤鳥居を潜っていきますと、途中にお堂が現れましてね。そこでHさんは不思議なものを見ました。 あっ、と叫んで立ち止まるHさんの数メートル先を、馬ほどもある大きな狐さんが横切りましてね。尻尾も豊かでゆさゆさと揺らしているのもはっきりと見える。まるでHさんを先導するように参道に銀色の光を放つ狐さんが、優雅に山道を駆け上がってゆきます。 あまりの美しさに目を奪われ立ち尽くしていると、同行の二人が訝しげにHさんに声をかけてきましてね。どうやら、その狐さんはHさんにしか見えていないようでした。

本殿を目指し再び歩き始めようとした三人に、上から降りてきたおじいさんと擦れ違いましてね。そのおじいさんにもHさんだけには見えている狐さんが見えているのか、先を行く銀色の狐さんの辺りを一瞥するや、 「初詣はね、元旦よりも正月二日の方が良いんだよ。何せ、お使いのお狐さんたちがお宮に戻ってくるのは、正月二日だからな」 と、彼女たちに語り掛けましてね。  他の二人がキョトンとする中、Hさんは自然に微笑みが浮かび上がりましてね。そのおじいさんもHさんに微笑み返すと、それ以上何も言わずに山道を降りていってしまいました。

 Hさんのただならぬ雰囲気に気がつかないほど鈍感な二人ではありませんでした。当然のように説明を求められたのですが、Hさんは今見たものをすぐに話すことはできなかった。不思議な感動に包まれていたために、言葉にすることができなかった、というわけでしてね。

 無事に本殿での初詣を済ましたところで、Hさんの携帯電話が鳴り出しましてね。キャンセル待ちのホテル予約の電話でした。運良く予約が取れていまして。 「早速ご利益あったねぇ」 と、喜び合ったそうです。

 こうして、正月気分そのままに下山して、境内出入り口の大鳥居に差し掛かる直前、妹さんの携帯が鳴り出しましてね。妹さんはしばし、携帯電話で話し込んでいました。 通話が終わると妹さん、こう言い出しましてね。 「折角ホテルが取れたんだけど、今晩はホテルに泊まらずに大阪の友達の家に泊まることにする」 電話は友達の誘いだったのです。 仕方なくそこで妹さんとは別れましてね。二人でホテルに行きました。

さて、ホテルに着いてまず驚かされたのは、二人が案内されたその部屋でした。 広くて過ごし易そうなんです。ホテルの人が言うには、キャンセル待ちで空いた部屋は、どうやら通常の部屋よりもグレードアップしたものだそうで。宿泊代は通常料金ですからね、二人は大喜びですよ。 これも伏見稲荷大社さんのご利益だろう、と笑い合いつつ、妹さんを思うと残念がりましてね。何せ、妹さんは通常では泊まらない部屋を逃したわけですからねぇ。 広い部屋の中央にベッドが三台並んでいましてね。本当は妹さんが寝るはずの真ん中を空けて、二人は両端のベッドに寝ることにしましてね。 ところが、京都旅行の締めくくりに夢のような部屋に泊まることができましたので、二人はなかなか寝付けません。 おまけに、伏見稲荷さんで出会った、あの銀色の大きな狐さんの話をMさんに披露しましてね。余計に興奮しちゃいますよねぇ。

ベッドに入っても眠れずに、二人はあれこれお喋りを始めました。 それでもMさんは、二日越しの疲れにウトウトし始めましてね。スウッと眠りに入ったそうです。 いつの間にか眠ってしまったMさんに話し続けていたHさん。流石に返事がないとみるや、彼女の様子を見ようとベッドの上で身体を起こしたそうです。

そこでHさん、再び度肝を抜かれちゃうわけです。 真ん中のベッド越しに、目を閉じて眠っているMさんの様子はひと目で分かりましたがね。その空いているはずの真ん中のベッドに、なにか横たわっているんですよ。 ふっさりとした銀毛の、あのお狐さんがそこに横になって眠っているんです。気持ちよさ気に静かな寝息を立てて。つまり、息遣いさえもはっきり聞こえているんですよ。その日の午後、伏見稲荷大社さんの山道で出会った、あの銀色の狐さんです。

触れたくなるほどツヤツヤで柔らかそうな銀毛が、手を伸ばせば触れられるほど近くにいるんです。思わず手で触れたくなったそうですがね、 「いやいや、神様のお使いだもの。触っちゃいけない」 とHさんは思いましてね。伸ばしかけた手を引っ込めたそうです。  あまりに気持ちよさげに寝ているお狐さんに憚りましてね。Hさん、そっと照明を落とし、目を閉じてみた。 はっきりと見え、息遣いさえ聞こえるものですからね。少し怖くなったそうですがね。隣に寝ている銀色の狐さんは神様のお使いですからね。そのお狐さんの寝顔と向き合いながら目を閉じると、不思議な安心感を覚えましてね。そのままスウッと眠りに落ちて行ったそうです。

翌朝、Mさんに起こされてみると、既に銀色のお狐さんの姿は見えなかった。

 でも、Hさんは嬉しそうにこう言います。 「姿は見えなくとも、お狐さんはあたしのすぐ傍にいるの。いつもあたしを守ってくださっているんだわ」  Hさんはこうも言います。 「後から考えると、すべてお狐さんの計らいだったのよね。  初詣が元旦でなく、二日になっちゃったのもそう。ギリギリで宿が取れたのもそうだし。部屋のグレードアップは、きっとお狐さんが望まれたんだと思う。普通の部屋じゃいやだ、って。 可哀想なのは妹よ。お狐さんが自分のベッドを確保するために、大阪の友達から電話が来ちゃった、という訳だと思うの」 屈託なく笑いながらそうおっしゃるHさん。果たして最近のご利益は如何に?

 
 
 

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