二人乗り・・・
- ドラ
- 2015年8月9日
- 読了時間: 8分

川に架かる橋、って、門と同じく、異界への入り口だ、という話、聞いたことありません?丑の刻参りの原点は橋姫ですし、昔話の”大工と鬼六”で、橋を架けるのは鬼ですし。神道では、川も重要で、川に流した穢れはいずれ海の底に流れ着くといいます。そうすると、川は異界の始まりで、そこに架かる橋もあの世の入り口になるんでしょうねぇ。
学生時代、友人達と夕食を食べに行き、その帰り道のことでした。各々が自転車に乗り、家路が同じ方向の仲間と、川に架かる橋に差し掛かったときのことでした。
僕の乗っている自転車が、唐突に進みが悪くなりましてねぇ。橋の緩い上り坂ですので無理もないか、とも思うんですがね。それにしては重い。荷台のある自転車でしてね。荷台にもう一人、乗っているみたいでして。
その道は何度も通っている場所ですからね、緩い上り坂だとしても、こんなに重いはずはないんですよ。立ち漕ぎしないと、仲間の自転車に遅れてしまう。僕だけ立ち漕ぎして、何とか橋の真ん中まで上りきりましてね。なんとも奇妙なことが起こったのは後にも先にもこの一度きり。結局置いていかれちゃった。
仲間が先に行っちゃったので、橋の上で僕は自転車を降り、タイヤを確かめようと思いましてね。スタンドを立てようとして、後部車輪だけを持ち上げようとしますとね、これが妙に重いんですよ。本当に見えない何かが乗っているかのようで、本当に気味が悪い。やっとこさスタンドを立てて、後部車輪を覗き込みました。タイヤはどんなに見てもキズひとつない。車軸が歪んでいるわけでもなさそうだし。手で回すと、カラカラ軽快に回るんですよ。おかしいんですよね。
橋の降り切った向こうで友人達が僕を待っていましたんでね、原因がわからないまま、再び自転車に跨りまして、漕ぎ出しました。今度は下りですからね、スムーズに降りることができるはずだった。ところが、やっぱりペダルが重いんです。先に行く要人達に追いつけない。まあ、帰り道で、もう直ぐ行きますと友人達との分かれ道ですからね、彼らの後ろから声を掛け、そこでお別れしました。
結局、家に着くまで重いペダルを押し続けましてね。時に立ち漕ぎしながら出ないと、当時の借家に着けなかったなぁ。
当時、僕がアパート代わりに借りていたのが一軒家。安アパート家賃と比べて、+5000円の家賃ですからね、激安でした。6畳二間に水洗トイレ、風呂、台所完備。それで当時2万5千円の家賃ですからね。日が射さないのは難点ですが、夏は涼しい。快適ですね。
家賃が安いのは訳があると思うでしょう?例えば昔そこで陰惨な事件があった、とか?ところが、家は直ぐ隣の大家さんが昔使っていたものなので家の造りは古いのですが、問題なし!
とはいえ、まったく問題ないわけでもなかった。住んで数週間して知ったことなのですがね、家に問題があるんではなく、立地というかその土地が、因縁のある場所でしてね。
その地区は水汲と書いてみずくま、と読みましてね。水を汲む場所だったそうです。そこで何の水を汲むのか?実は僕の住んだその場所、江戸時代は処刑所でしてね。ですので、末期の水を汲む、とか、罪人の首を切った血を洗い流すための水を汲む、という意味が込められた地区名だったらしいんですよ。
重い自転車で、その借家に着きまして、帰宅していますとね、奇妙なことがあっただけに、住んでいる土地の因縁を思い出しちゃうわけですよ。
(イヤなこと思い出しちまったなぁ・・・)
なんて、思いながら、玄関横のガスボンベ置き場辺りに自転車を置きましてね。家に入ったわけです。
かばんから洗濯物を出して、冷蔵庫から飲み物取り出して、テレビ点けて見てました。日が出て明るくなったら、いよいよ自転車をもっとよく調べないといけない、なんて思いながらね。
そうしてボーっとして過ごしてましてね。15分くらい経った頃ですかね、玄関のガラス戸を何方かがノックするんです。居間の境の引き戸を開ければ玄関ですからね、
(こんな時間に、誰だろう?)
と、訝りながらも、直ぐに引き戸を開けました。
玄関の擦りガラス越しにレインコートを着ているのかなぁ?全身が青い人が立っていましてね。雨でもないのにヘンだなぁ、と思いつつも、
「はい?」
と、何方だかわからない玄関の人に声掛けました。そうしましたら、応対に出たものと知ってか、その人、玄関を開けようとしましてね。がちゃがちゃ、音を立てているんですよ。
(随分と強引な人だな!)
若い頃でしたからね、ちょっとムカッとしましたね、正直。
玄関には鍵が掛けてありますからね、仕方なし、腹立ち紛れに玄関を開けに行くんですよ。すると、出てきたのを察したのか、玄関先の青い人がすっと後ろに退いた。鍵は昔の押し込んで回す、回しネジタイプ。開けるのに時間がかかるとはいえ、ほんの数秒ですよね?必死こいて開けて、ひょいとガラス戸越しに窺うと、もう青い人はいないんです。
どうかしてたんですね。ここで直ぐに、玄関先に現れた人(?)は、何かおかしい、と気付いてもいいはずなんですがね。その時の僕はまったく疑っていなかった。青い霊コートを着た人が本当に居るんだ、と思い込んでましたね。
ガラス戸を開けましてね、青い人を探したんです。この時間だし、よっぽど何か僕に報せたいんだろう、って思ったわけでして。突っ掛けを履いて、表に飛び出したんですがね、誰もいない。田舎の寂しい小道だけが、街路灯に照らされて、濃紺色して映っていただけでしてね。
家に戻る道すがら、ふと、思い出したのは、橋で感じた自転車の異常な重さ。まさか、橋の袂にいた見えない人を本当に乗せて帰ってしまったんでは?そう思うと、途端に気味が悪くなりまして。家に飛び込むなり、玄関にまた鍵を閉め、家の中でおかしなことがないか、見回しました。
そうして落ち着くのもつかの間、また玄関先でガラス戸をノックする音がしまして。明らかにおかしな事態にはなっていますが、内心、ホッとしたんです。何故なら、橋から自転車の荷台に載せて、不本意にも連れて帰ってしまった人、まだ外に居たわけですから。まだ、僕の家に入って来ていないんですからね。
それでも緊張はしていました。何故なら、ガラス戸越しにしか見えないあの青いレインコートの人、またきたんだ、と思い込んでいましたからね。
間隔を空けて、ノックは続きましてね。気味が悪いのを通り越し、もう恐怖でした。ですが、何時までもノックし続けられるのもイヤですし。そこで思い切って、もう一回、居間の引き戸を開けました。
ガラス戸に、当然あの青いレインコートの人影が映るもの、と半ば信じて開けたんですがね、案に相違して、玄関先には誰もいなかった。
もう表を開けて見に行く気はありませんでしたね。だって、開けたら今度こそ、あの青い影の人が入ってくると直感したものですんで。そこで、居間の境を開けながら、しばらく様子を窺っていました。いたずらにしては度が過ぎていますしね。ガラス戸を目で窺うだけでなく、足音が聞こえやしないか、耳もそばだてて、聞いていました。
少なくとも3分ほどはそうして。じっと何が起こるか待っていました。ところが、今度は何も起きない。
(諦めたのかもしれないな。やっぱり、橋のところで迷っている亡者を荷台に載せてしまったのかもしれない・・・)
ふと、そんな気がしましてね、玄関と居間の境の引き戸を閉め、居間に戻りました。
布団被って寝てしまおう、そう思ったとき、居間の引き戸越しに、玄関先になんともいえない気配を感じましてね。正直、
(この野郎!)
と思いましたね。三度目ですから。しつこい、と思ったわけです。
無視を決め込んでこのまま寝てしまおうか、とも思いました。だって、居間の境を開けてみたところで、誰も見えないわけですから。
三度目はノックがありませんでしたね。でも、玄関先には誰かがたたずんでいる気配がある。玄関前の敷石代わりのコンクリート板の上で、砂を踏みしめるような音がしていましたんでね。
それでも放っておこう、と思い込んだ瞬間でした。突然玄関先で、
バンッ
と、いうかなり大きな音が響きましてね。その音は、玄関を叩いた音でもなく、玄関前の敷石を板で叩いたような音でもなく。何かが破裂したような音でした。
その音に、流石に僕は飛び上がりましてね。玄関まで走り、開けました。ところが、というか、やはりというか。玄関先には誰もいない。それでは音の正体は?
ふと見れば、そこには自転車があります。夜中ですが自転車を引き出して見ますとね、後部タイヤが見事にパンクしていましてね。試しに触ってみても、完全に空気が抜けていました。
しばらく呆気に取られるしかなかったなぁ。
その夜は、それ以上おかしなことは起こりませんでしたね。そのまま寝て、朝を迎えましてね。そこで思ったのは、こんなことです。
どうした拍子か、どうやら橋の袂で見えない人を荷台に載せてしまったようですね。その人を荷台に載せて、家まで来たはいいけれど、家には入れなかった。見えないんですからね、仕方ないし。元々、お客さんとして迎えたわけではないんですからねぇ。
そこで、荷台に乗った人は訝った。外に置き去りにされたわけですからね。で、僕の家をノックした。擦りガラス越しですが、青いレインコートの姿まで現して。ところが、僕はそれさえ気付かず、玄関を開けてみたものの、その人を招き入れることはしなかった。見えないんですから。
再度ノックしても僕は知らん振りして見えたんでしょうねぇ。で、三度目、その人は怒ったんでしょう、自分の乗ってきた自転車の後部座席の車輪をパンクさせて、元いた橋の袂に帰っていったんじゃないかな、と。
そんな同乗者、二度と御免だとばかりに、僕はそこを自転車で通ることはその後二度とありませんでしたがね。
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