骨遊び
- ドラ
- 2015年8月3日
- 読了時間: 10分

過去、様々な怖い話を聞き、時には体験してきましたがね。やっぱり、強烈だなぁ、怖いなぁ、と思うのは妖怪話じゃないかと思いますねぇ。
神様が出てくる話も怖いなぁ。ほとんど妖怪みたいな神様もいるようですしねぇ。どのあたりが怖いかと申しますと、妖怪って時には人の人生を変えちゃうほど強烈なんだ、っていう認識がありましてね。
多分、現在も進行している話だと思いますよ。こんなことを聞きました。
Nさんは医療事務関係のお仕事に従事しておりまして。彼女のお知り合いのPさんとは、
Pさんのご両親を通して知り合ったようです。
Pさんのお父さんを看取ることになりましてね。そのすぐ後に今度はPさんのお母さんも末期の水を飲む事態に。
その時、NさんはPさんのお母さんに頼まれましてね。何分にも世間知らずな自分の娘、Pさんの後事を頼む、と。今から約6年前のことでした。
それ以降現在に至るまで、NさんはPさんの様子を時折見に行きましてね。確かにお母さんの言うとおり、世間に疎いPさんが心配なのだそうで。
ところがですね、三月に一遍程の頻度で逢ううちに、Pさんの顔色がどんどん悪くなって見えましてね。体調が悪いのかと聞くと、そうでもないらしいんです。日常について聞いてみますと、特に問題があるというわけではないらしい。
そこで詳しく聞いてみますとね、月曜から金曜まで仕事に追われて過ごすそうですが、土曜と日曜はちょいと問題ありでして。両日家に引き篭ってほとんど外に出ないんだそうで。
そこで、
「二日間も何をしているの?外に出ればいいじゃないの?」
と聞きますと、Pさん、ニヤリと笑ったんだそうで。その時の不気味な笑いときたら。今でも思い出す度に背筋が寒くなるゾッとする笑顔でしてね。
Pさん、殊更愉しそうに、しかも当然と言わんばかりにこう言いました。
「Nさん知ってる?男と女の骨って、大きさが全然違うのよねぇ」
脈絡がない、とはこのことですよね。最初は何のことを言いだしたのかわからなかったのですがね。よくよく聞き出してみると、彼女はご両親の骨壷を、どうやら埋葬していないらしく一室に置きっぱなしらしい。
そこで彼女の休日の愉しみといえば、不気味なことですが、骨壷の蓋を開けて眺める事らしい。
亡き両親の思い出に浸るんだろう、と最初のうちは哀れんでいたNさんですが、話しているとどうも違う。Pさんは単純に骨を取り出してはそれを手に取り、眺めているのが愉しいそうで。朝、骨壷を開き、気付けば夕方、なんて日もあるようで。飽きもせず一日、二日と骨で遊ぶ。中年女性の外見とは異なり、酷く幼稚で薄ら寒いPさんの様子を想像し、Nさんは少し恐くなりました。
まさに骨に魅入られている。当然Pさんの狂気も疑いますが、骨に関する話題以外には特に受け応えがおかしいわけではないんです。その点が不気味なんですよ。
当然Nさんは遺骨の埋葬を勧めます。するとPさんは拒むことなく、
「そうね。埋葬しないといけないよね・・・」
と、その時は頷くそうですが。感情が全く籠っていないんだそうでして。
案の定、日を追って会いに行っても、埋葬はしていないらしく。
埋葬をしないと悪いことが起こる、何となくNさんはそう心配してましてね。Pさん自身がご両親に連れて行かれちゃうんじゃないか、って思ったんですよ。
兆しというんですかねぇ、Pさんの顔色ばかりか、とある変化に気付いたそうでして。
最初は気のせいかも、と思えていたそうですが、凡そ三ヶ月毎に逢ううちに、Pさんの目が寄っていくことに気づいたんですよ。
所謂”ロンパリ”です。斜視がどんどん進行していくんです。視線の焦点がズレていくんですねぇ・・・。
斜視だけでなく、初めて会った頃に比べますと、Pさん、別人のように老けていってる。
(遺骨に命を吸われて行っているんじゃ?)
と、心配しているわけです。
「埋葬、していないんでしょう?」
そう切り出しますと、Pさん、悪びれもせずにこう言いましてね。
「埋葬しなくちゃいけないとは思うのよ。でも、どうやったらいいか解らないからできないの」
そう言いながら、PさんはNさんを手招きします。
きっと骨壷のところに呼ばれているんだろう。恐い。嫌な予感はしたんですがね、何故か拒めなかった。骨壷と対面しないといけないんじゃないか、何故かそう思ったそうでして。招くままに付いて行ったそうです。
その部屋は、いつも暗いと感じていたPさん宅の中で特に暗い感じのところでしてね。
二方角に窓のある部屋ですが、どちらもきっちり雨戸を閉めきっている。永い間換気されていないんでしょうね、かび臭い。電灯が点いていても妙に暗いんだそうで。
そこはかつてのご両親の寝室でしてね。壁の一面に押し付けるようにして、布を敷いた段があって。その上には二つ、それぞれに布のかかった、どうやら骨壷が並んで置かれていましてね。
大きい一方の円筒形には紫の布。小さい方には白い布が掛かっていました。
その光景を見た途端、Nさんは直感しました。Pさんの様子がおかしいのは全てその骨壷が原因なんだ、と。
家全体の雰囲気がどんより暗いのも、骨壷のあるこの部屋から始まっているようですし。Pさんが不健康そうに見えるのも、彼女の斜視も、全てがこの骨壷より始まっているんじゃないか。そう確信したそうです。
瘴気を放つ骨壷を前にして気が滅入り、呆然と立ち尽くすNさんをよそに、Pさんは喜々として骨壷の前に座りましてね。手馴れた様子で、まず、紫色の布を無造作に取り除けましてね。蓋を開け、御遺骨をひとつ取り出した。
「これ、お父さん」
と、差し出してNさんにかざす訳です。
肝が冷えたのは言うまでもない。それ以上にNさんを震え上がらせたのは、彼女の差し出した骨の一片の先が、何かに削られていましてね。
(もしや、Pさん・・・。骨を食べてる・・・?)
Nさんの目には、それは歯型に見えたそうでして。
気持ちはもう、その場にはいられない。でも体が動かない。尻込みするNさんを前にして、Pさんの”骨遊び”は続きます。
父親の骨を壺に戻し、今度はもう片方の白い布を投げ捨てるようにして外しまして。再び骨をつまみ出し、
「こっちがお母さん」
と、Pさん、愉しげに弄ぶ。
ふと、気になったのは、足元に落ちた布。母親の骨壷を覆ってあった、白い布です。
Nさんは摘み上げ、手にして見て、ぞっとしました。そこには無数の小さな手形。単なる汚れにしてははっきりと浮き上がるそれには、指の跡のようなものもあります。子供のようでもあり、小動物のものにも見えました。
Pさんには子供がいませんし、近所の人が彼女の家に上がる気配もない。勿論、手形のサイズに合うような小動物を飼ってはいませんしね。ネズミにしちゃあ、指の数も多いし・・・。
何か理解しがたいものを目にしている、とNさんには判りましたが、その手形の正体はどうにも解らなかった。
その日、逃げるように帰宅したNさんは、暫くPさんとは距離を置こう、そう思ったそうです。
その後何度もPさんから電話が来ますが、Nさんは逢わなかった。
それでも電話口では、
「早く埋葬しないと。もうじき6年になるでしょ?」
と、何度も言うんですがね。その度に、
「うん、そうします」
と応えるそうですが、動く様子もないんですよ。
「埋葬しないと、もう逢わないからね」
と、半ば脅しても同じ。Pさんは変わらなかった。
Pさんには友達と呼べるような人がいない。寂しいんでしょうね。電話も頻繁になりましてね。何度も呼び出されそうになりまして。
Nさん、根負けした形で、Pさんを誘いましてね。聖地に連れて行けばなにか進展があるかも、と思ったそうで。Nさんが日頃行きたかった西新井大師さんにPさんを誘ったんだそうです。
Pさん、喜びましてね。是非、行ってみたい、と電話口で喜んでいたそうです。
ここでNさん、心の内でこう思いました。
Pさんに仏縁ができれば、彼女のご両親の埋葬に進展があるかもしれない、と。
しかしいざ、西新井大師さんに伺っても、御本堂を前にして、Pさんは手を合わそうともしない。Nさんがお参りしている後ろで、子供のようにぶらぶら辺りを歩き回り、見回しているだけだそうで。
内心、Pさんに呆れつつ参拝を終えたNさんは、墓苑募集の看板を見つけましてね。試しにPさんに勧めてみたそうです。
すると彼女、Nさんの予想外の反応を示しましてね。なんと、突然脈絡なく怒り出したんだそうです。激昂、というか、辺り憚りなく喚き散らしはじめましてね。それも、Pさんが怒っているのは判るけど、何に怒っているのか理由が全く解らない怒り方だそうでして。
喚くPさんの言い分は、納骨はしなければいけない、とは言うのですがね。何故か、お寺じゃない、お寺じゃダメなんだ、と繰り返すんだそうで。
次第に落ち着きはじめたところを見計らい、尋ねました。
「お寺に埋葬するのがダメなら、じゃあ、どこがいいの?」
と訊き返しますとね、Pさんは頭を抱えてしゃがみこみながら、
「解らない。解らない」
と、これまた繰り返すばかり。
大寺院の境内ですからね。いい大人が喚いたりしゃがみこんだり、ですから、他の参拝客の目も気になるわけです。
そこでPさんに、場所を変えましょう、と即しますと、彼女、
「絶交ッ。もう絶交よッ」
と絶縁を突然叫びましてね。
いよいよおかしくなってしまった、と、Nさんはそのまま逃げ帰ったそうです。
Nさんにしてみれば、Pさんの豹変ぶりがショックでしたからね。金輪際、もう逢うつもりはなかった。
それから4ヶ月ほど音信不通であったPさん。再び連絡がありましてね。西新井大師さんであった騒ぎには一言も触れず、逢いに来ないかと打診がありまして。あの、取り憑かれたかの様な感じとは打って変わり、まるで別人なんですよ。
Pさんのご両親から続く、決して短くはないお付き合いですからねぇ。Nさんは情にほだされて逢いに行ったのが年末の頃。つい先日のお話でしてね。
Pさんはステーキハウスなるものに行ったことがなく、一緒に行ってくれないか、との誘いでして。驕ってくれるそうですので、Pさんの家には絶対上がらない、という条件付きで、彼女の最寄駅まで出かけたそうです。
ここでもPさんの”箱入り”具合がわかるエピソードが生じましてね。
ウェイターに焼き加減を聞かれますと、
「柔らかくお願いします」
と応えたそうで。
面食らっているウェイターに、Nさん、慌てて、
「ミディアムで」
と言い足しましてね。
良い歳してるのに、本当に世間知らずなんだ、と改めて可哀想に思ったそうです。
こうした後ですのでね、食後、Pさんが、家に送って欲しい、という甘えも拒めなかった。
「家には上がらないからね」
と、何度も言って、結局Pさんを家まで送ることにしましてね。
道すがら、Pさんはまたなんの脈絡もなく亡くなった父母の話をはじめましてね。その殆どは、Nさんが何度も聞かされてきた話でしたが、僅かに父母に関する新事実を聞かされたそうです。
Pさんが言うには、忘れていたそうですが、彼女のお父さんは生前、とある神道系の信者だったそうです。父親は、Pさんどころか、母親にも、その神道系の信心については明かさなかった様でしてね。結局、娘のPさんには何も継承せずに亡くなったしまった訳でして。
その話を聞いて、Nさんはなんとなく思ったそうです。
(なるほど・・・。神様なのね?だからお寺じゃ埋葬はダメだった、というわけか・・・)
なんだか不思議な話ですがね、どうやら、お父さんの信仰はワケありのようなんですよ。家族にも秘す、なんて、ワケありじゃありませんか?それとも、Pさんだけが特別なのでしょうか?いえいえ、Nさんのお話では、Pさん御一家に、どうやら秘密がある、と感じたそうでした。
程なくしてPさんの家に着きましてね。家に上がりたくないものですから、Nさんからさよならを言い渡しまして。玄関に消えるPさんを見送って、夕日に染まる田園風景を見ながら、駅まで歩いて帰ろうとしたわけです。
Pさん宅に背を向けた刹那、背後から、
「渡さないからな」
と、男性のくぐもった声が聞こえましてね。Nさん、吃驚して立ち止まりました。
恐る恐る、声のした後ろを振り返りましたが・・・。Pさんの家は玄関が閉ざされたまま。人影もない。
くぐもってはいても、余りにはっきり聞こえたものですからね。Nさんは、誰かしら後ろに男の人がいるものだと思って振り返ったのですがね。誰もいない。
「渡さないからな」の意味が分ってきましてね。走らずにはいられなかった。
Nさんが思うに、渡さないものとはやはり、Pさんのご両親の骨壷なのだそうです。そして声をかけてきた男性とは、多分、Pさんのお父さんが信仰していらした”神様”なのではないか、と。
その時点で恐ろしくなったNさんは、たまたま通りかかったタクシーに飛び乗り、急いで逃げたそうです。
後にNさんが聞いたところに依りますと、Pさんの家のある一地域は、猿神さんの信仰があるそうでしてね。それを聞いたときNさんは、お母さんの骨壷に掛けられていた汚れた白い布を思い出しましてね。
白布についた手形に見える汚れは、多分、猿神さんのものではなかったんじゃなかろうか?と言ってましたね・・・。
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