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「ほら、そこが・・・」

  • ドラ
  • 2015年8月2日
  • 読了時間: 6分

 「偶然だよ、偶然」

なんて、よく耳にしますがね。私にしてみると、その偶然という言葉、事実を誤魔化すのに都合のいい言葉だなぁ、と思うことがままありまして。時にはこんな”偶然”もありましてね。

 私が通っていた高校は、通学時分、建て直しになりましてね。二年生の途中から、校舎のあちこちを業者が壊して回っていました。

 旧校舎は古く、関東大震災の翌年に建てられたものでして、当時はモダンな造りでしてね。階段の柱は一抱えではとてもじゃないが足りないほど太かった。階段のあるホールの天井にはドームもありましてね。残されていれば、今では歴史的建造物指定になるんでしょうね。奇抜で愛着の深い校舎でしたね。

旧校舎には地下教室がありましてね。地下も上の階と同じ作りでしたから、8~9の教室数はあったと思います。ですが、地下の教室は全く使われていなかった。

地下には、閉鎖された食堂の跡と、購買部、それに自販機がありました。当時は光熱費等予算都合上で教室を閉めている、と思い込んでおりましたが、ね。

天井は高いんですが、日光はほとんど射さない。60年経た積年の地下ですからね。電灯を点けても暗くて、おまけにかび臭いんです。勘の鋭い生徒たちは薄気味悪がって、あまり地下に降りてこなかったなぁ。

地上階と少し違っているところは他に、教室後方の左右二箇所の隅に、フックが刺さっていましたね。重量物搬入用のフックだと思います。フックでピアノなどを据え置いたのかもしれません。窓のない密室でしたから、元来、音楽教室用の造りだったのかもしれませんね。ほら、反響というか、音が漏れない、というか。

普段は使わない地下教室でしたが、校舎建て替え時期ですのでね。上階もいくつか壊し始めていまして、教室数が足りなくなりましてね。その日、仕方なく地下教室を解放した、という訳です。

私達も実は、地下で授業するのは初めてでしたね。いつもの授業とは違う雰囲気に、私達は正直、少し浮き足立っていました。

その時の授業講師は、学校内の名物教師でして。赴任歴が異例でしてね。一度他の高校に転任したあと戻ってこられて、定年退官まで私の高校で教鞭を執るんだそうで。赴任期間が桁外れに長くなりますよね。つまり、我が高校の生き字引、という訳ですね。

その教師、ざわつく私達生徒を前にして、窓のない地下教室を懐かしそうに見回しましてね。

「地下教室は、昔よく使ってな。・・・とある事件があって、今はほとんど使わない。校舎建て替えがなければ、おそらく諸君も使うことがなかったろう」

普段は無口なその教師。何時になく饒舌な彼の様子に、私たちは一斉に口を噤み、聞き耳を立てましたね。

 「もうじきここも壊される。貴重な体験になるぞ」

教師は少し寂しげに笑っていました。

 生徒の一人が訝しげに質問をしましてね。

「先生!地下教室、なぜ使わなくなったんです?さっき、ある事件、とは言ったけど、何があったんです?」

 訊ねられて、教師の顔色が一瞬蒼くなったのを今でも覚えています。しばし言い淀み、どう答えるか少し悩んだ様子を見せました。

やがて、

「本当はこの話、教師間だけの話でね。生徒に話すのはタブーになっていてね。・・・だが、この地下教室ももうじきなくなるからなぁ。それに諸君にも話しておかないといけないのかも知れない。まあ、詳しいことは言うつもりはないけどね」

と、言葉を選び、ひどく慎重な様子で、教師は口を開きました。

「実は生徒が一人、地下教室で自殺してな。諸君の先輩だ。顔もよく覚えてる。聡明で如才無い生徒だったんだがね」

そこで生徒の一人が茶々を入れましてね。

「じゃあ、その”先輩”、幽霊になって地下教室に出るんだ」

 彼が冗談めかしてそう言いますと、教師は首を横に振らず、意味深に変な微笑を浮かべました。

何とはなく、ですが、私はその時、こう思いましたね。

(なるほど。地下を使わないのはそういう訳があったんだな。幽霊話はともかくとして、あの教師の話は作り話なんかじゃないんだろう。自殺した先輩は過去に本当にいたんだろう)

 地下教室は鍵を掛け、締め切っていましたからね。授業では使わなくとも、部室を与えられていない部活動はたくさんありましたから。そうした部活動グループに、地下教室を解放しても良さそうなのですがね。地下教室を締め切っている訳の一端が、自殺事件なのかも知れない、そう思いましたね。

「”幽霊”に関しては、僕の口からは言えないね。諸君の想像に任せるよ」

そう教師は言いましたがね、幽霊話も実はあった、と言わんばかりの口調でしたね。

 当然のように私達生徒はざわつきました。その様子を愉しむかのように、その教師は教壇から、教室の後方左隅を指差しましてね。

「ホラ、そこが・・・」

と言いかけたその時でした。

 後方で

ズサッ、ゴンッ

という鈍い音も重なりましてね。

天井板が、そこに刺さっていたフックごと落ちてきたんですよ。床を叩いた、ゴンッという鈍い音は、梁の一部もフックと共に落ちてきたものだったんですね。

まるでイリュージョンを見ていたかのようだった。教師の指差す動作と、天井板が落ちるタイミングは、隙なく、呼応しているかのようでしたね。

積年の天井裏に溜まった砂埃が舞い上がる中、その地下教室にいる誰もが、唖然として、静まり返っていましたよ。教師もポカンと口を開け、指を差したままでした。

自殺した”先輩”は、どうやら、教室の後方にある重量物搬入用のフックで首を吊ったらしい。

自殺事件も、幽霊目撃談も、本当だ、と”先輩”が言わんばかりの天井板崩落事件でしたね。

幸い、怪我人もいなかったのは不思議です。天井板はかなりの範囲が落ちてきたのですが、生徒の座っていた机と椅子には落ちてこなかった。それも”意味”あることなのかも知れません。

その後はどうしたか?今でも不思議なんですが、整然と授業が始められましてね。何事もなく、ですよ。まるで”先輩”が存在を示すかのように落ちてきた天井板の”事件”など、最初から無かったかのように。普段よりは静かに授業が始まり、終わっていきましたね。今じゃ考えられないや。

でも多分、一番驚いていたのは教師でしょう。終業時間が来るなり、落ちた天井板を確かめるどころか、そこに近づきもせず、教員室に帰っていったんですからね。慌てる素振りを必死で隠して去って行きました。

あまりの事態に、私達生徒は現実感が薄かった。しかし、教師の慌てぶりが現実感を与え、怖かったなぁ。

 もうひとつ不思議なのは、この天井崩落事件、私達生徒間ではほとんど噂にならなかった。正直、私も、この事件に触れることが怖かった。恐らく皆も同じ気持ちだったんじゃないかな。まぁ、あまりにも現実的に起こりえないことが起こってしまったときは、誰もが口を噤んじゃいますよね。でも私は、あの事件、偶然なんかじゃないと思うんですよ・・・。

 
 
 

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