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濃霧

  • ドラ
  • 2015年7月31日
  • 読了時間: 9分

私の出身大学は山国にありましてね。四方にドライブに良い名所がありました。

私も当時、生意気にもアルバイトで貯めたお金で型落ち中古のVWゴルフを買いまして。乗り回していましたね。観光地ですから、60分圏内でも、様々風光明媚な箇所が多かった。

夜は夜で、街を見下ろす夜景が綺麗でしてね。デートの定番コースは枚挙に暇がないほどでしたね。

その夜、サークルでのトレーニングを終え、後輩達と夕食を済ませましてね。雲もない夜でしたので、そのままそのメンバーで高原でも行こう、という話になりました。

吉山君の車で行くことにしましてね。助手席には私。栗川君と山田君は後部座席に乗りまして、高原に続く山道に入りました。

高原には美術館もありましてね。広い駐車場も完備しています。そこは見晴らしがいいですからねぇ。その駐車場をとりあえず目指そう、と。男四人の暇つぶしですからねぇ。

ワインディングロードを登り切りますと、あとは尾根づたいに緩やかな上下する道が続きます。そのに到達したとき、にわかにガスってきましてね。

下界は満天の空でしたが、山の上は雲。我々にしてみれば雲というか霧ですね。

「大丈夫ですかねぇ・・・?」

と、不安がる吉山君。彼の車ですし、運転してますから、無理もなかった。

 「うん、これから頂上付近だから、霧はもっと濃くなるかもなぁ。でも、このあたりじゃ転回できないよ」

私が吉山君に代わって、道の前後を見回しながらそう言いました。

 細い道路でしたからね。私の車ならともかく、彼の車はスカイラインでしたので、途中で転回は少し難しかった。

そこで、霧は濃くとも駐車場まで行ってしまおう、と思いまして。後で分かるのですが、ここは判断ミスしましたね。この時点では霧の出方は見通しが利かないほど濃くはなかったんで。

凡そ3分程で駐車場に着きましたが、霧は車のライトが用を成さない程濃くなっていまして。何しろ、ボンネットも見えない程濃く立ち込めていました。

その駐車場は、観光バスも停められる程広いスペースでしたが、自分の乗る助手席からは真っ白で何も見えない。

後部座席のふたりは普段原付バイクを運転していましたんでね。車を運転する怖さを知らない。ですから、一面の濃霧が生み出す不思議な世界に興奮してましたね。単純に喜んでいました。降りて、濃霧の中を歩いてみたいと言い出しましてね。

私は気味が悪かった。それに無事に帰れるかどうか心配でしたね。吉山君の顔にも不安が現れていました。

ですが、ボンネットの先さえ見えない濃霧の世界に興味もありまして。四人、降りてみようということになりました。

車外に出てみると、想像以上でしたね。腕を前にあげてみても指先が白い霧に阻まれて見えない。

後部座席にいた栗川君と山田君は、はしゃいじゃいましてね。ゲラゲラ笑いながら、年甲斐もなく追い駆けっこを始めて、濃霧の中に消えていきました。

「凄い霧ですねぇ。こんなの初めてだ」

いつの間にか吉山君が私の隣にいました。ミルク色より若干青みがかった深い霧ですので、見通しが効かない。目は開いていても視覚を閉ざされていて、お互い不安なんです。

 そんな中、突然、

「ヒィアアアアアアアッ。イヤアッ」

と、悲鳴が聞こえてきまして。私と吉山君は驚いて顔を見合わせました。

 女性の悲鳴です。それもかなり近い。しかし姿は見えないんです。

悲鳴の他、足音が二つ響いて来ます。何を呟いているのか解りませんが、男性の呻きのような息遣いも聞こえ、悲鳴を上げ続ける女の人の跡を追っているようです。

「聞こえました?まさか、女の人が襲われているんじゃ?」

吉山君も私と同じことを考えていました。

 「助けなきゃ」

吉山君が言うまでもなく、私も霧の中に飛び込み、女性の声のする方に走り出していました。

 お互い空手部でしたので、腕には多少の自信がありました。目が効かないという不安はありましたが、そんなことは言っていられない。女性は確かに、イヤ、と言っていましたからね。ふざけている様には聞こえなかった。

ふたりほとんど同時に走り出したんですが、声のする方を追っていると、いつの間にか傍らの吉山君の姿がなかった。それでも、時折聞こえる女性の悲鳴を追って行ったのですが、女性どころか男の姿も見えない。

そうしているとおかしなことに、今度は私の背後で悲鳴が聞こえましてね。今度はそちらに向かっていく。しかし姿は見えないんです。

悲鳴が聞こえるたびに方向を変えて走ると、またあらぬ方向から悲鳴が聞こえてくる。

(これは・・・なんだかおかしいぞ?)

段々と気付き始めました。

 そのうちに、悲鳴が向こうの方から近づいて聞こえてきましてね。必死に目を凝らすんですが、霧に阻まれて姿が見えない。

(本当に霧で視界が効かないだけなのか?)

そう思えるほど、悲鳴はすぐ手の届く範囲にまで迫ってきました。

 耳だけが頼りですので、私は立ち止まり、聴覚に頼ろうとしました。霧の向こうから、追われた女性が現れるかも知れない、そんな期待もありましたね。

ところが悲鳴は、今度は私の周りをぐるぐる回っているように聞こえ始めました。

(嘘だろう?幾ら何でもこれはおかしい)

 悲鳴は聞こえ続けるのですがね、いつの間にか足音は消えていまして。同時に、悲鳴の主を追う男性らしき気配も消えて。ただ悲鳴だけが、四方を被う濃霧の中で聞こえ続けています。

(やっぱりこの悲鳴、この世のものじゃないんだ!)

私は吉山君の車に戻ろうと、勘だけを頼りに走り出しました。

 こんな時の勘は、自分でも不思議なほど研ぎ澄まされるのでしょう。悲鳴から逃げるのに走り出した方向は過たず、すぐに吉山君の車が見えてきた。

すぐに逃げ出したいのですが、生憎吉山君の車ですから、鍵もない。車の中にも逃げ込めない。

ところが幸いなことに、吉山君が霧の向こうから現れまして。青い顔をしてましたね。私と目が合うと、何か言いかけて口を噤んだ。

彼が何を経験したのか、直ぐにわかりましたね。きっと私と同じ目に遇ったんだろう、って。

口を噤んだのも私と同じ理由でしょう。とにかくこの場では、先程経験したことを話すべきじゃない、と思っていましたからね。

慌てて車に乗り込んだ吉山君。エンジンをかけ、すぐにでも走り出せる準備をしていました。私はそのまま外で、栗川君と山田君が戻ってくるのを待ちました。

待っている間、もしや、という不安はありましたね。恐らく、吉山君をもたぶらかした、あの悲鳴。ふたりにも襲いかかり、なにか不測の事態でも引き起こされたのではないか?そう考えると、次にどういう手を打てばいいのか悩んでいました。

唐突に笑い合う声が聞こえましてね。正直、ドキリとしたんですが、声は女性のものではなかった。栗川君と山田君が、ふざけ合い、霧の中からぬっと出てきた。

私が何も言わず、車に乗り込むと、ふたりは笑い合うのを止め、後に続きました。すぐに吉山君が車を走らせました。

運転席、助手席の私達が無言でしてね。沈黙に耐えられないのか、普段と違う雰囲気を感じ取ったのか、

「なんか、すいません。ついついはじゃいじゃってねぇ。遅れちゃったでしょ?」

と、栗川君がニヤつきながら謝る。

「いやいや、そうじゃないんだよな。出発が遅れたのどうの、って訳じゃないんだよね。・・・何か聞こえなかった?」

私がそう言いますとね、恐がりな栗川君が、

「何か、って・・・。別に何も聞こえませんでしたけど・・・?・・・嘘ッ、嫌だなぁ。やめてくださいよ、恐い話?」

冗談ぽくそう言うんです。どうやら栗川君と山田君には、あの悲鳴は聞こえていなかったらしい。彼らは終始はしゃいでいたらしく、おかしなものは何も聞いていない様子でしたね。

 栗川君が怖い話はやめてくれ、と言うまでもなく、私達は話す気になれなかった。せめて霧が晴れ、下界に近寄るまで、濃霧の中の声については話せなかった。

そうこうするうちに、霧が晴れてきた。いや、霧がかったところを抜けてきたんですね。

吉山君は少し落ち着いてきたと見え、

「駐車場の霧の中でさ、女の人の悲鳴と、男の人の息遣い、聞こえなかった?」

と、後部座席のふたりに話しかけました。ところが、ふたりが顔を見合わせている中、

「あれ?あれ?」

と、呟きながら、吉山君は片手でエアコンの吹き出し口を弄り始めた。

 「どうしたんだよ?」

と尋ねると、彼は仕切りに首を傾げながらこう言うんです。

「先輩、ちょっと吹き出し口に手を当ててみてください」

 彼の言うなりに手を当ててみると、吹き出し口からは熱風です。

エアコン操作パネルを見ると、ちゃんと冷風になっています。

 「な、何だァ?」

「ね?おかしいですよね?」

気味が悪いことが起こっていたんです。まるで、吉山君が濃霧の中の怪異を語りだしたのに呼応するかのように、エアコン口からは熱風が噴き出した。

 山の上ですが、少し蒸していましたので、彼はエアコンを点けたままでした。ですが熱風とは・・・。

吉山君、首を傾げたままエアコンを切りました。するとにわかに車内の暑さを感じましてね。

後ろのふたりが気を利かして窓を開けようとしました。

「ダメだ!開けちゃ!」

吉山君が鋭い声で、ふたりを制しました。ただならぬ雰囲気に、後部座席のふたりは呑まれたのか、緊張した面持ちで黙ってしまいましたね。

 正直、生きた心地がしなかった。エアコンの熱風にはなにか物理的な理由があるにせよ、暑くとも窓を開ける気にはなりませんでしたね。あの悲鳴の主が、今も車の外で窺っているように思えたため、吉山君は怒ったように言ったのでしょう。

ただ、幸いなことに、それ以上の怪異は続かなかった。下界に下りてくるに連れ、安堵も戻ってきた。エアコンも冷風に戻りました。

大学の駐車場に到着し、改めて後ろのふたりに聞いてみると、やはりふたりの耳には、あの悲鳴が届いていなかった。

私も吉山君に確認したところ、彼から話してくれましたね。私とまるっきり同じでした。

悲鳴と、途中まで靴音と男の気配。そして、追えども姿は見えなかったこと。やがて声さえ聞き逃し、いつの間にか悲鳴が自分の周りを周回しだした事まで同じでした。

ただ違うのは、最初の段階で、私が聞こえたのとは違う方角から悲鳴が聞こえ始めたところでしたね。まるで我々を孤立させるかのようでした。

一体これは何だったのか。未だに説明のつかない事態でしたねぇ・・・。

後日談としましてはねぇ、その観光施設、意外にもいわく付きの場所でしてねぇ。都度都度レイプ事件があったそうでした。噂ではねぇ、そのうち、レイプ殺人も起こったそうで。

 その観光施設の、昼の日差しの中の情景を知っていますから、ちょっと意外でしたねぇ。まぁ、実際に事件があったことで、あの濃霧の中の怪異の意味、際立ちましたねぇ・・・。

 
 
 

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