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井戸

  • ドラ
  • 2015年8月18日
  • 読了時間: 6分

 水道路のない昔、井戸は身近な異界への入り口でした。何しろ、井戸に落ちてしまうと死んでしまうこともありましたしね。

 反面、人に必要不可欠な水も恵んでくれます。井戸に畏敬の念を抱くのは当然と言えば当然でしょうね。

 近年、水道路の発達により、井戸は落ちて危ないもの、と考えられるようになりました。そこで蓋をするだけでなく、埋められてしまう井戸が多くなった。その時、井戸抜きが必要だと言われるようになりましてね。井戸抜きとは、井戸に居る竜神様を天に返す儀式でしてね。それをしないと、井戸が祟るんだそうで。

 信じられませんか?井戸が祟るなんて、迷信だと思います?

 では、こんな話はいかがでしょうか?

 僕が子供の頃、商店街の外れにとある工具店がありましてね。子供は

                      三人。兄、妹、弟の三人兄弟。五人家族でした。

 昔の家ですし、店舗兼住宅ですからね、居住部はそんなに広くない。そこでこの工具店のお父さんが、DIYで子供部屋を作ることにしましてね。

 その工具店の裏には、井戸がありましてね。現代において、隣との境界争いに井戸はとにかく揉めるんです。何故かって?井戸はその昔、近隣の共用だったからです。数軒にひとつある井戸ですからね、誰の持ち物でもなかった。自分の井戸だ、なんて主張する人がそれまで居なかった。ところが、水道が発達しますと、井戸は土地争いの的となってしまうんですね。

 お父さんは何故、DIYで子供部屋を作ろうとしたのか?実は、子供部屋を作るのに業者を入れてしまうと、お金がかかる上に、近隣に知られてしまいますからね。つまり、近隣に、井戸は共用だと言われないために、密かに日曜大工で子供部屋を作ろうと思ったんですね。

 近隣の人が気がついた時には、井戸は埋められてましてね。子供部屋の床まで、元井戸の上に敷かれていました。あっという間に井戸を埋めてしまったわけですからね、当然井戸抜きはしていないんです。

 近隣の人達は呆れましてね。井戸を自分のものに、強引にしてしまった工具店の主人を非難しました。ところがこのお父さん、近隣の非難も何処吹く風で聞く耳持たない。

「井戸抜きしていないんじゃ、祟られるよ?」

と、警告されても、近所のやっかみだとしか受け取らないんですよ。

 次第に近隣の人々は騒ぐのをやめ、静かになりましてね。お父さんは、しめしめ、うまくやった、とご満悦。お母さんは、近所に合わせる顔がない、と嘆いていたそうです。

 子供部屋が完成して半年ほど経ちましてね、季節は夏。夏休みの期間に学校のプール解放がありますよね?

 この家の妹さんがその朝、プール解放に出掛けましてね。何でも泳ぎが得意なこの兄弟、プールが大好きだったそうでしてね。僕にこの話を教えてくれた方も、その日、この妹さんと朝に挨拶を交わしたそうです。

 昼近くなり、この工具店に電話が掛かって来ましてね。学校からで、お家の人、とにかく来て欲しい、という内容です。電話に出たお母さんは、学校の先生の様子がただ事じゃないと感じとりましてね、とりもなおさず、学校に駆けつけました。

 救急車が到着してましてね、胸騒ぎのまま、その救急隊員の真っ只中を覘き見ますと、自分の娘が青い顔で人事不省。妹さん、プールで溺れた上に発見が遅れましてね、心配停止の状況でした。

 結局、妹さんは帰らぬ人になってしまいましてね。お母さんが半狂乱になる中、不謹慎かもしれないと思いつつ、近隣の人は井戸の祟りでは?と囁きあっていたそうです。

 娘を亡くして沈んだ家族。それから一年ほど経ちましてね。今度は同じ学校行事で、夏、移動教室がありましてね。兄が臨海学校に出掛けました。

 するとまた、移動教室先から電話が。今度もまた電話を取ったのはお母さん。まさか、とは思いつつ、受話器を耳に当てたことでしょう。

 電話の内容はやはり、息子さんが行方不明だ、と。水浴び程度の海水浴で、終了・集合を掛けてみますとね、点呼にその家の長男が応じない。まさかとは思うが、お家の方、現場に来て欲しい、との連絡なのです。

 急ぎ自家用車で向かいましてね、現地にと着くころには息子さんが見つかりました。溺れて亡くなったようで、長男さんは遺体となって、ご両親と会うことになったのです。

 それから数年しましてね。二人の子供を失った一家の傷がまだ癒えない頃、今度は一粒種となった弟の臨海学校の季節がやって参りました。

 近所では、井戸の祟りだ、と騒がれる中ですからね、両親としては臨海学校に息子を出したくはなかった。ですが、息子さんは、友達皆が行くという臨海学校ですからね、とにかく行きたかった。修学旅行のようなものですからね、息子さんにしてみれば、行かないわけにはいかないんですよ。

 そこで両親は、引率の先生をわざわざ訪ねましてね、息子さんを決して海に入れないでくれ、と頼んだそうです。昔のことですからね、学校側は、最初は渋面でした。ですが、娘と息子を亡くしている家族のことだから、大袈裟な処置だと思いつつも、学校側は了承したんだそうです。

 さて、移動教室の当日。海水浴の運びとなりましたが、息子さんは海に入らず、浜辺で皆を眺めていました。引率の先生がわざわざ彼の横につき、彼の気を紛らわせようとあれこれ話かけていました。息子さんも自分の立場がよくわかっていて、不満を口にせず、先生と話していたんだそうです。

 先生も、彼の家族の不幸を聞いていましたが、三人も失うという偶然は重ならない、と信じていたでしょうし、少なくとも彼を海辺に近づけなければ溺死なんてありえない、と思っていたでしょうね。海に入れない彼を不憫に思い、様々な話をしていたんだそうです。他の生徒には内緒だぞ、と念を押しながら、飴やお菓子を彼に与えたりしましてね。先生なりに彼を癒していたんですね。

 平穏な浜辺ですが、何か起こるときは起こるものです。浜辺で遊んでいた彼の級友の女の子が、砂に埋もれたガラスで足を切りましてね。一帯、騒然となった。彼に付っきりの先生も呼び出されましてね。

「お前、絶対にここ動くんじゃないぞ!」

と、言い捨てて、海に入っている生徒の指導に加わっていったそうです。

 浜辺での一騒ぎが収拾して、先生が彼の元に帰って来ますとね。その息子さん、息をしていなかったんだそうです。どうやら飴を喉に詰まらせて、呼吸が出来なかった。蘇生を試みましたが、結局彼も水場近くで亡くなってしまったんですよ。

 こうして、三人の子供達を失った工具店一家。お母さんはその後、おかしくなりましてね。うわごとのように意味不明なことを呟きながら、商店街をうろついている姿が何度か目撃されました。

 お母さんの姿が見えないな、と周辺が気付いた頃は、彼女は病に床に着き、起き上がれないまま亡くなったという噂です。

 そして、一人残ったお父さん。僕も知らないうちに工具店を閉めちゃいましてね。これも噂なんですが、お父さんは次第に神がかるようになりましてね。一時は人を集めて、失せモノを言い当てた、ですとか、予言の通りになった、なんて話が巷を席巻したようでしてね。教団の教祖になったとかならないとか。

 十数人の新興宗教ですが、最近はそのお父さんのところに出入りしている人がいるとは聞かないです。現在もご存命だそうですが、会った人の話によると、お父さんはすっかり人相が変わってしまい、当たらない”予言”を、時々人に触れ回っているらしいです。

 
 
 

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