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キ、ツ、ネ・・・

  • ドラ
  • 2015年8月5日
  • 読了時間: 12分

 僕は誰にでも霊感みたいなものがあると思ってましてね。ない人なんていないんじゃないかなぁ。これが霊感だ、とはっきり示せる人が居ないだけで、皆持っているんだと思うんですよ。なければ生きていけないわけだし、ねぇ。

 霊感を言い換えちゃうと解りやすいかもしれませんね。霊感=インスピレーション、とか、ヒラメキ、とか。ね?

 そのヒラメキが、時には非常に興味深い出来事と繋がったりしますよね。これはそんな話です。

 僕はとある客商売をしておりましてね。最近この地域に引っ越してきた中川さんが初めてご来店されたときのことです。

 中川さんはお綺麗な一児のお母さん。男ですからね、ちょいと見惚れちゃいました。そうしてちらちら中川さんを窺っていますとね、頭の中に唐突にとある画像が浮かんでまいりました。

 それは、真っ黒の背景に金色の文字で、キ。ツ。ネというカタカナが浮かんでいましてね。彼女のお話をお伺いしながら、ヘンなイメージが浮かんできたものだ、と少々困惑し、頭から振り払おうとしていました。

 中川さんは別にキツネ顔というわけではないんですよ。目が吊り上っているわけでもないし。背丈があったら女優さん、という感じの方なので、何故キツネ?かと困惑したわけです。

 ただ、中川さんは少々面白い方でしてね。彼女、見える人でした。

 会話の中で、突然、店舗前の道路越しにあるコンビニエンスストアーを指差しましてね。

「この辺りは映画やテレビの撮影が多いんですか?」

と聞くんですよ。

 そこで僕は答えました。

「ええ。映画はここから少し外れた場所でよく撮影していますね。テレビはよく、商店街を映していますが?」

 そうすると中川さん、尚もコンビニ辺りを指差して、

「じゃ、あれは?あれは撮影?」

と、聞き返してくる。

 僕には何も見えない。コンビニの灰皿前でタバコを吸っている男性以外は何も見えません。撮影している雰囲気もないし。正直にそう言いますとね、

「そうなのね・・・。おかしいと思ったの」

と、呟くんです。

 訳を聞いてみますとね、中川さんの目には、紺地の着物姿をした女性と、黄色地の着物を着た女性が見えるんだそうで。二人とも十代に見えるそうですがね。

 それも、そのコンビニの前を通るとよく見掛けるそうなんですよ。最近では、その二人の着物姿女の子、彼女が通ると、楽しそうに話すのをやめて、笑顔でぺこりと頭を下げるんだそうです。

 そこで中川さんはこう思った。きっと越したばかりのこの土地は、映画かテレビの撮影をしてて、着物姿の役者さんがよくコンビニで出番待ちしてるんだろう、と思ったそうなんですね。

 実際、僕の街は古く、よくドラマの撮影しているんですがね、すべて現代劇でして。時代劇は僕の記憶にはないですねぇ。

 また、中川さんには見える若い女性についても、こう思うんです。僕の街の古地図を見ますとね、少し離れたところに武家屋敷もありました。江戸時代は宿場街として大変栄えた土地柄ですし、きっとその武家屋敷の女中さんじゃなかろうか?

 一区画は色街もありましたので、遊女さんかとも思いましたが、よくよく考えてみれば彼女達が宿場街を自由に歩けるはずもないため違うのでしょう。

 更には、現在はコンビニの区画、古くはお寺の門前でもありましたからね。きっと若い娘さん達は、主人の言いつけで宿場街に買い物に来たついで、お寺さんにお参りに来たんじゃなかろうか?同じくらいの年頃の女中さんに出会い、思わず井戸端会議でもしてる姿が見えたんじゃなかろうか?

 そんなことが想像できるわけです。

 そのような事をお伝えしますと、彼女は少しうんざりした様子。どうやら中川さんには時折このようなことがあるらしく、困るのだそうで。つまり、生きている人だけじゃない人も見えちゃうんで、都度都度混乱するそうですねぇ。

 打ち解けて、そんな話をしていますとね、前述したキ、ツ、ネ、の文字が脳裏にまた浮かんできちゃうんですよ。

(あ、まただ・・・)

僕がそう思った瞬間の表情を読み取ったものか、中川さんがこんな話をしてくれました。

 「ヘンな話をしていい?」

彼女はこう切り出しましてね。

 中川さん一家は以前、高田馬場に住んでいたそうです。海外出張のために空いた家を借りることになりましてね。家族三人で暮らすことになったんですよ。

 引越しした当日の晩、家族で夕食を取っていますとね、天井に小動物の足音が聞こえたそうでしてね。だんなさんもその足音に気付いて、どうやらネズミが天井裏にいるらしい。落ち着いたら駆除業者を呼ぼう、という話になりましてね。

 ところが中川さんは腑に落ちない。ネズミにしては大きな足音だった、と思ったそうです。

 引越し荷物の荷解きはまだ完全には終わらないんですが、なんとなく住む街に慣れてきた頃でした。中川さんは朝、寝床から出られなくなったんだそうです。

 朝食の用意をし、旦那さんを見送り、子供さんを幼稚園に送らなければならないのですがね、起き上がれない。虚脱感というんでしょうか、起き上がろうとしてもふらふらしちゃう。熱もないのに、ですよ。

 旦那さんは優しい方だそうで、奥さんである中川さんを気遣いましてね。きっと引越しの疲れが出たんだろう、と、彼女を寝床に戻し、朝食や子供さんを幼稚園に連れて行くなどを代わってあげたそうです。

 ところが、一日経っても身体の妙なだるさが抜けない。二日目、三日目と、ほとんど寝たきり。病院で診察を受けてみても、原因不明。一体自分の身体はどうなっちゃったんだろう、と訝る事然り。そう考えることさえもだるくなっちゃいましてね。半病人、というよりは半死人のような状態だったそうで。

 おまけに、布団で寝ていると、家に自分ひとりのときに限って天井裏で音がする。ネズミ?のような動物が、ぐるぐるぐるぐる円描き、天井裏を走り回っている。その音が妙に気になって寝ていられないんだそうです。お陰でいつもぐったりしている。そんな辛い毎日を過ごしていたんだそうです。

 また、寝ても妙な夢を見る。毎晩同じ夢を見るんです。その夢はこんな内容なのです。

 最初は足元を見ているとこから始まる。下を向いているんですね。

 足元には綺麗に敷き詰められた敷石が並んでいましてね。その上を歩いています。

 正面に巨大な建物。左手には人の背丈よりは高いけど屋根より低い石の三重塔か五重塔。その塔の方に向かって歩いていくそうです。

 するとその石の塔には、たくさんの石の狐さんの像が置いてあり、その塔の後ろには、無数の白と赤の旗幟が風に煽られているんだそうです。

 なんとも不思議な夢だと思います。しかも同じような内容の夢が何度も繰り返されるのですからねぇ。

 どうやら中川さんの夢は、どこかのお稲荷さんらしい。ところが、赤と白の旗幟はあるものの、鳥居らしきものは見当たらないようなのです。中川さんご自身は、お稲荷さんなのに鳥居がない、ということに特に違和感はなかったようですが・・・。

 日中も夕方、晩も起き上がれない、そんな状態で一週間が過ぎ、10日に差し掛かった頃でした。中川さんの実母から、どう調べたものか、電話が掛かってきたそうです。

 中川さんと彼女のお母さんとは、微妙な関係らしく、実は中川さん、お母さんに引越し先の電話を教えていなかったそうです。

 ご家庭内、というか、親子間のお話ですからね。僕は敢えて触れませんでしたので、詳しい話はわかりません。ですが、推察すると、どうやら中川さんのお母さんは、北方の大都市の片隅で、拝み屋さんをしているらしい。その辺りの事情が親子関係を微妙なものにしてしまったようです。

 受話器を耳に当てて、中川さんが驚く間もなく、お母さんはこう言ったそうです。

「○代(中川さんのお名前)、お前、疲れて起き上がれないんだろ?」

と、まるで見えているかのよう。子供の頃からそんな母親に慣れっこな彼女は、この辺りはあまり驚かなかった。

 中川さんの母親が言うには、娘はどうやら狐さんに憑かれてしまったそうで、このままでは危ない。命まで持って行かれるぞ、と告げましてね。

 ところがです。親御さんの最大の警告を、引越しで疲れただけだ、と中川さん、何故か母親を突っぱねた。でも、彼女は拝み屋さんの娘。何となく、このままでは死んでしまうんじゃないか、と解っており、母親の言うとおりだ、と思っていたそうですがね。何故かこの時はついつい自分の思いと真逆なことを言ってしまったらしいのです。

 遠距離、電話越しでも、中川さんのお母さんはお見通しなんですね。

「今言ったのは誰だ?私の娘じゃないだろう?○代、お前はいよいよ危ない。取り憑いた狐さんの言うがままだ。心の深くまで入ってしまってる。いいか、3日後、お母さんがお前のところに行くから、その間に近所の人に、その家にまつわる過去を聞いてごらん」

と、娘に継げたそうです。

「でもお母さん、私、立っているだけで苦しいのよ?表になんて出られないよ」

と、中川さんが言いますとね、お母さんはこう言ったそうです。

「大丈夫だ。お母さんがお前に取り憑いた狐さんに言って聞かせるから。それに、その狐さんもお前に知って欲しいんだよ。だから、表に出られるぞ。一番初めに出会った人に尋ねてごらん。きっとその借家にまつわる話を教えてくれるだろうよ」

一方的にそう告げますとね、上京の旨を再度娘に話し、電話を切ったそうです。

 電話を終えると、不思議なことに、だるさが少し和らいだ気がしましてね。母親の言葉が気になったのと、しばらく振りに表に出てみたいと思ったのも手伝って、直ぐに着替えたそうです。

 曇りガラスを嵌め込んだ、古いタイプの引き戸玄関をガラリと開けますとね、初老の男性が振り向いたところでした。玄関の音に気がついて、振り向いたようです。中川さんはその瞬間、ああ、この人なら、借家にまつわる話を教えてくれそうだ、と思ったそうです。

 中川さんが玄関を出たその時に、偶々行き合わせたその老人は、近隣のことをよく知る人物。町内会の役員でした。目が合いましたのですかさず会釈すると、話し好きなのでしょう、ニコニコと近づいて来られた。

 町会費や町会会館、近所のスーパーの話題から始まり、近隣の昔の話まで。聞いているうちに少しだるさがぶり返してきたのを感じ、体調が悪い、と言って暇乞いしようかと中川さんが思った頃でした。

「そうそう、ここに住んでいるんでしょ?借家だよね?この家の持ち主だった亡くなったお父さんは、町内会の会合によく顔を出してくれててね。息子さんの代になって、この家の庭を塀で囲ってしまったけど、この家には結構大きな屋敷稲荷があってね」

と、話し始めたのです。

 中川さんの借家には、庭がありましてね。確かに塀で囲っていたそうです。ですが、この老人が言うには、先代の”お父さん”は信心深い方だったそうで、敷地内にお稲荷さんがあったそうです。

 最初は小さな祠程度のお稲荷さんだったそうですが、三段作りの立派な社殿に増築したそうです。その為、敷地の境には塀もなかった時代でしたので、近隣の人々がお参りに来るようになりましてね。お父さんも、敷地内に無断で入ってくる人々を嫌がるどころか、むしろ参拝に来られる方を喜んで迎えていたそうです。

 ところがところが。お父さんがお亡くなりになると、家を継承したその息子さん、ある日そのお稲荷さんの社殿を一人で壊し始めたそうです。近隣の人が、そこは皆でお参りしてきたところだから、と咎めますと、怒り捲くりましてね。社殿を壊すのを辞めないばかりか、今度は家の周りに塀を巡らす始末。

 町内会のそのお爺さんの話を伺っている間、中川さんは眩暈を覚え、立って居られなくなったそうです。ふらふらになり、寝床にほとんど這いつくばるようにして戻ったそうです。

 それからまた、寝床に貼り付けられたように起き上がれない毎日となりましてね。旦那さんは当然心配です。お母さんの上京の旨を伝えると共に、自分はこの家に居た狐の霊に取り憑かれているらしい、と告げたそうです。

 ですが、ご主人は現実主義者。そんな馬鹿なことがあるか、と奥さんの話を信じない。毎晩見る夢の内容を事細かに伝えても、町内会役員さんの、この借家にまつわる話をしてみても、彼は一切信じない。彼にしてみれば、妻は引越し疲れが抜けないだけ。天井裏で走り回る足音も、ネズミのもの。さすがに彼女のお母さんについては何も言わなかったそうですが、ね。

 三日後になりましてね。中川さんのお母さんが上京してきました。

 中川さんが空港まで出迎えるのは流石に無理。そこで、旦那さんが会社を休み、お出迎えしたそうです。

 家に着くなり、娘さんとの邂逅も僅か、早速家の中を歩き回りましてね。あちこち見て周り、最後に庭に辿り着く。

 旦那さんは中川さんのお儀母さんに着いて回っていたそうですが、元々、お儀母さんの生業には懐疑的。正直、不気味だった、と後でお嫁さんに漏らしていました。

 お母さんは家の中を一巡りしますと、休む間もなく、旦那さんに○×に行きたい、と告げました。そこは都内のお稲荷さんらしいのですが、中川さんも旦那さんも、知らないところだったそうです。

 お儀母さんが言うには、社殿を壊したために、そこで祀られていた稲荷神の居場所がなくなり、稲荷神の眷属として控えていたお狐さんが天井裏に篭ってしまったのだそうで。つまり、監督である稲荷神が去ってしまい、選手である眷属のお狐さんの統制が取れなくなった状態なのでしょう。

 社殿を壊した大家さんである息子さんに直接の障りがあってしかるべきなのですが、当人は海外出張中。おまけに彼のお父さんの生前積んだ徳が、息子を護った、というわけなのだそう。そして、借家として借り受けた中川さん一家の、特に感応力の強い奥さんに憑いてしまったようです。

 とにかく、娘のためにその○×に行かねばならない、というお儀母さん。東京に無案内なお儀母さんを放って置けず、さりとて奥さんは臥せったまま。自分が案内するしかない、と不承不承の旦那さん。○×が何処にあるのかを調べ、直ぐに立ったそうです。

 着いてみて、驚いたのは旦那さん。なんと!奥さんの夢の内容の通りのお稲荷さんに行き着いたそうです。驚く旦那さんを他所に、お儀母さんは霊狐廟の前で経文を唱え始めます。旦那さんは流石に信じる気持ちになって行ったそうで、お儀母さんの隣で一緒に手を合わせ、数々の非礼をお許し下さい、とまで祈ったそうです。

 家で待つ中川さんは、いつの間にか深い眠りに落ちて行き、目が覚めると、隣で寝ていたのはお母さん。看病してくれていたようです。

 だるさもすっかり解け、数日振りにすっきりとした目覚めを味わった中川さんでした。

 
 
 

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