狐憑き
- ドラ
- 2015年8月3日
- 読了時間: 6分
狐に憑かれた、って聞くと、昔話のように聞こえますよね。でも、意外と現代もあるようでしてね。そんなお話をしようと思いましてね。
これは後輩のT君の話でしてね。T君、彼は、おっとりしていて、どこか抜けてる感じの、争いを好まない性格に見えました。
結構な資産家に育ったためか、お坊ちゃん気質が抜けないんでしょうね。良く、同級生に茶化されていましてね。T君の顔を思い出すたびに、彼が茶化されて、困ったようなはにかむような笑顔が浮かんできますねぇ。
後輩としては非常に素直な奴でしてね。僕なりに可愛がっていましたね。彼の同級生の茶化しが酷いときは、代わりに良く怒っていましたよ。
そんな訳で、T君も僕を慕ってくれましてね。とは言いつつも、今となっては、T君とどんな話をしたのかは忘れちゃいましたがね。何故なら彼は非常におとなしい後輩でしたんで、会話という会話をほとんど覚えていないわけなんですよ。
そんな中、強烈で異彩を放っているのがこの話。記憶では、大した脈絡もなく、突然彼はこんなことを言い出しましてね。
「先輩。僕ね、のんびりしてるように見えるでしょ?」
そう言って、はにかむように笑うんですよ。
まぁ、彼の言うとおり。のんびりしているのを通り越し、少し間が抜けて見える、と素直に告げましたねぇ。
彼は気を悪くした風でもなく、へらへら笑いながら、
「先輩までひどいなぁ。でもね、僕、中学生に上がった頃は、こんなんじゃなかったんですよぉ」
と、はたまたひどくゆっくりした口調で言うんですね。
何を言い出すのか、彼の表情を窺いながら、ではどうだったの?と聞き返しますとね、
「もっともっと悪戯っ子で、おばあちゃんや両親に良く叱られてましたよぉ。家畜に悪戯してねぇ。近所の子を良く苛めてて、その事でも怒られましたぁ」
と、言うんですね。要は陰険な部分もあった、と。
そこで、想像出来ないよ、と素直に答えますとね、
「そうなんですよぉ。今の僕じゃ、自分でも信じられないくらいおとなしい性格になっちゃった」
と、てへへ、と照れ笑うんですね。
性格がガラリと変わるなんて、あんまり聞いたことないですからねぇ。それよりも何よりも、茶化されても怒ることのないT君が、家畜や人を苛めていただなんて、信じられませんでしたねぇ。
「先輩ぃ。僕の性格が変わっちゃったの、実はわけがあるんですよぉ。でも、この話、同級生には言わないでくださいねぇ。また苛められちゃうから」
ニヤニヤ笑いを浮かべてはいますがね、その時のT君、言葉を選び選び、一生懸命話してくれました。
彼が遊びから帰ってきたある日の夕方、何時もの様に玄関で靴を脱いでいましてね。突然T君の前に彼のおばあちゃんが立ち塞がりましてね。で、孫の顔を上からじっと睨み付けたんですよ。
普段は恐いおばあちゃんではないんですよ。むしろ、孫を猫ッ可愛がりするようなおばあちゃんでしてね。
悪戯してきたわけでもないのに、そのおばあちゃん、孫が帰ってくるなり凄い形相で睨み付けたんです。
心当たりがないだけで、どうにも怒られそうな雲行きにT君、震えましてね。おばあちゃんを見上げるばかりで、一言も発せられなかったそうで。
するとですね、突然おばあちゃん、T君の腕を掴むなり家の奥に向かって叫びましてね。
「おう!誰か神主、呼んで来いッ!やっぱりだッ!M(T君の名前)がキツネに取り憑かれとるッ!」
突然豹変したおばあちゃんですからね、訳もわからず、恐かったでしょう?とT君に聞きました。ところが意外な答えが彼から聞けましたね。
「それが・・・。おばあちゃんが家の中に向かってそう叫んだところまでは覚えているんですがねぇ・・・。後はぁ、覚えていないんですよぉ」
相変わらず間延びした喋り口でしたがね、僕に対してなんとも済まなそうに言っていましたっけ。
同時に彼の表情に表れていたのは困惑でした。つまり、おばあちゃんがT君の腕を捕らえた時までは覚えているけど、後はまったく記憶がないんだそうです。
T君の記憶の欠落した部分は、こうだったそうです、 後々、彼の家族から聞かされたそうなんですがね、家中で大騒ぎになったようです。
T君はおばあちゃんが叫ぶなり、腕を振り払って逃げ出したそうです。彼は何処かに隠れてしまって、30分程見つからなかった。しかしその30分で、おばあちゃんは村中の親戚筋や知人を掻き集めましてね。神主もやってきた。
そこで、全員で大捜索が始まったそうです。家の敷地からは出ていないだろう、と30人近くの大人達が、隠れたT君を探し始めたんですよ。
程なくして、彼は家の床下に隠れているところを発見されました。懐中電灯の光の輪が当たると目を吊り上げて唸り、威嚇したんだそうで。気味が悪いと思いつつも、大人が数名、床に潜り込みましてね。彼を捕まえようとしたんですがね。
子供のすばしっこさとは違った速さで、T君は大人の腕をすり抜ける。床の下ですからね、大人も彼もおんなじ四つん這いなのですが、ヒトの動きではなかった。そこでとうとう、彼は床下から這い出しましてね。旧家の広い敷地内を逃げ回った。
なかなか捕まらないんですよね。そこで大人が横一列になり、逃げ回るT君を追い詰めましてね。すると彼は、とうとう農具小屋に逃げ込んだんだそうです。
建屋のなかですからね、壁に阻まれて逃げられないんですね。そこでとうとうT君は、二階に通じる長梯子の前まで追い詰められたんだそうです。
そこで大人達が、彼を捕まえようとじりじり間を詰めていく。T君の叔父さんに当たる人が彼の足を抱えようと、飛び掛りました。
ところがです。捕まえられなかった。なんと彼は、後ろ飛びで一気に、二階に上がってしまったんですよ。
子供ですよ?T君は。しかも、後ろ飛びで長梯子の高さを一番上辺りまでひとッ飛び。人間業じゃないんですね。
呆気に取られている大人達を尻目に、T君、農具小屋の二階に逃げ込みましてね。ところがここで運の尽き?農具小屋には窓もない。それとも人間離れした動きのために体力が尽きたのか?梯子を攀じ登って来た大人たちに難なく捕まったそうです。
その後、仏間に連れて行かれ、神主の祈祷が始まりましてね。T君が目を覚ましたのは翌日の朝。前日の夕方から朝にかけては、彼はまったく覚えていなかったそうです。
以後彼の身に、キツネ憑き騒動は起こらなかったそうです。神主さんのお祓いが功を奏したんでしょうねぇ。
T君の身の上に起こった出来事はともかくとして、いろいろと謎が多い顛末ですよね。
何故、おばあちゃんがT君を一目見るなり、キツネが憑いていると看破出来たのか?キツネに憑かれると、身体能力が跳ね上がるものなのか?そして一番の謎が、現在のほほん、おっとりとしたT君が、暴れまわって大騒動を起こした、ということ。そして、御祓い後、性格が変わってしまった、ということ。
まぁ、彼のゆっくりした性格、それはそれで人間離れしてはいますがねぇ・・・。
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