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泣き声は何処から?

  • ドラ
  • 2015年8月3日
  • 読了時間: 6分

鎌倉の古刹に、年一回、人形供養して下さるお寺さんがありましてね。人の形をしたものを供養する、ということがどんな意味があるのか、ここでわかった気がします。

その日、本堂の前は人、人、人で溢れかえっていました。普段は静かな境内なんですがね。人形供養の日は一変していました。

女房とともにご供養儀式に参加させていただきましてね。本堂前で並んでいますと、私達の前にいた4人の家族連れが胸に新聞紙でくるんだ包を抱えていましてね。本堂入口の若いお坊さんに話しかけていました。

お坊さんはにこやかに頷くと、その家族のお父さんでしょう、彼は封筒とともに包を手渡していました。どうやら、当日持ち込みで人形のご供養をお願いしたらしい。包は藤娘でしたね。封筒は冥加料なのでしょう。

本堂に入ってまず圧倒されたのは、ご本尊前に三段の段に据えられた、おびただしい数の人形達でした。日本人形、西洋ドール、ぬいぐるみやキャラクター人形もありましたね。

様々な方角を見つめる人形達の目、目、目。虚ろな視線なのですが、どこか憂いというか悲しみを含んだ目に見えましてね。口元も何か言いたげで、とてもじゃないが正視できない光景でした。

このあとお焚き上げがあるでしょうから、人形達がそんな目や表情をしているんじゃないか、と思いましたね。と、同時に、物であるはずの人形達に感情移入している自分にも驚きました。

参拝客用に用意された席に着きますと、入口で藤娘のご供養をお願いしていた家族が前に座っていましてね。

(そういえばこの御家族、持参した藤娘をお坊さんに手渡した時、焦っていたな。まさかあの藤娘、彼等の家で怪異をなしたんじゃないのかな?例えば歩き回る、とか?)

ふと、そう思ってしまったんですね。で、あの人形はどこだろう?と、ご本尊前の人形を見回した。すると、先程の若いお坊さんが、丁度その藤娘を据え置きましてね。

 前にいるその家族、仰け反って目を伏せましたね。どういう加減かその藤娘、顔をこちらに向けている。黒目が私たちのいる方向、つまりその家族の居る辺りを真っ直ぐ見詰めている様に見えました。

(まさか、ね。本当に怪異のある人形なのだろうか?でも、自分達の前にいる家族はみんな人形に怯えているように見える。まさか、なぁ)

その時はまだ私も、軽く考えていましたね。

 太鼓でしたか鐘でしたか。鳴り物の音が響き、お坊様の列が入場してきましてね。着席し、儀典が厳かに始まりました。

数種のお経が響いたあと、地蔵和讃という読経が始まりました。私も好きなお経でしてね。お坊さん達が、まさに詠い上げるように、朗々とした節回しで読経するんです。うっとり聞き惚れる、そんなお経でしてね。子供をお救いになるお地蔵さんですので、人形達を子供に見立てているんでしょうね。

その地蔵和讃の途中でした。突然、フニャー、とか、オギャー、とか、赤ちゃんが泣くような声がしまして。

(あれ?誰か赤ちゃんを連れているんだな)

最初はそう思い、辺りを見回しました。ところが赤ちゃんを連れている家族が見当たらない。お堂内もにわかにざわつき始めましてね。参拝客の何人かが人形の一つを指さして小首を傾げています。

 あの藤娘なんですね。確かに、人形の並んでいる辺りから、赤ちゃんの泣くような声は聞こえた。

目の前にいる家族もそわそわしていましてね。わずかですが、人形の段から身を遠ざけるように、全員身体を傾けていた。

お坊さんの朗々と詠い上げる地蔵和讃が急に止んじゃいましてね。途中ですよ、途中。お坊さんたちもざわついていました。

すると、私達参拝客の前に座っていた、黄色い法衣を着たお坊さんが一人、立ち上がりましてね。襷掛けして動きやすいように袖を巻き上げた、中年のお坊さんです。法具を取り出し、カチカチと空中を叩きながら、怒るような激しい口調で人形に向かいながら読経を始めました。

空中に、”伏”の字を描いて、カチカチ法具を鳴らしているんです。”調伏”というヤツなんだ、と思いました。

その変わり様に呆気に取られていたのは私達参拝客だけではなかったようです。一瞬の間を置き、その黄色い法衣を着た調伏僧に呼応して、横に並んだ4人程のお坊さん達も立ち上がりましてね。同じような黄色い法衣に襷掛けの若いお坊さん達でした。

まるで映画やドラマを見るような調伏儀式でしたね。洋画ですが、まさにエクソシスト。お坊さん達ですから、祓魔師、という感覚が近いですか。

調伏僧達は勇壮で、激しかった。正面に座し、先程まで地蔵和讃を唱和していた、綺麗な袈裟を着た老僧とは違い、まるで荒法師の様でした。

見えない戦闘が調伏僧と藤娘の間にあるんでしょう。お坊さんと人形との間、応酬に次ぐ応酬が目に見えるよう。畳み掛けるように激しい調伏呪が続きました。

これは決して誇張ではありませんよ。お坊さん達のパフォーマンスでもない。私もその場で、知らず知らず手を強く握っていまして。手のひらに爪の跡が残るほどでしたね。

気がつけば調伏は終わっていました。調伏僧達は、読経と法具を鳴らすことをやめましたが、まだ人形達を威圧するように仁王立ちしていました。

正面に座す豪華な袈裟を着た老僧の読経が再び、厳かに始まりまして。場内の落ち着きも取り戻せたかと思った頃、案内係のお坊さんが、

「では、参拝されています皆さん、ご焼香をお願いします。まず、こちらの列から」

と誘ってくださいましてね。

 ところが参拝客の皆さん、躊躇していましたね。だってご焼香は泣き出した藤娘他、たった今調伏したばかりの人形達の真ん前ですからね。みんな心密かに、大丈夫なんだろうか?という感情があったと思いますよ。

「こちらから。どうぞ」

案内係のお坊さんがにこやかに再び即しますと、やっとご焼香の列がご本尊と人形達の前にできました。

私達も、どんな経緯があったか知らない人形達の冥福を祈り、ご焼香へと立ち上がりましてね。敬虔な気持ちになりましたよ。

ご焼香を終えて席に着きますと、目の前の4座席が空いていました。空席でしてね。探してみますと、彼等は出口付近に立っていました。どうやらそこで、ご供養儀典が終わるのを待つつもりなのでしょう。

あの御家族、余程藤娘の人形に悩まされていたのでしょう。おまけに人形は参拝者やお坊さんの前で泣いて見せたのですから、恐ろしくて席に戻れなかったのではないでしょうか。

そのお陰で、藤娘の人形が私達の前に見えましてね。ちょっと怖かったなぁ。

人の形をする物は特に、時には人のように振舞うことが本当にあるんじゃないか?そう思えるエピソードでしたね。

 
 
 

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