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斬撃

  • ドラ
  • 2015年8月1日
  • 読了時間: 10分

私が20代の後半だった頃、よく心霊スポットと呼ばれるところに行きましてね。

いえいえ、肝試しですとか遊び半分に行っていたわけではないんですよ。真面目に”調査”していましてね。噂の検証に出掛けていたわけです。

今でこそ、東京近郊の心霊スポットといえば、筆頭に挙げられる某城跡ですが、当時はそれほど噂になっていませんでしたね。

前職の取引先で、

「この近くの城跡は幽霊が出るんだ」

と教えてくれた人がいましてね。大体の場所も聞きまして、いつか行ってみようと思ったんですね。

 さて、調査ですが、幽霊話の検証の他、この時は自称霊感がある、という亘理さんの能力も確認させて戴こうと思っていましてね。彼にもご同行戴きました。

亘理さん他二人も同席しましてね。先輩と友人、私と亘理さんで計四人。環状八号線から甲州街道へ。城址公園を目指しました。

渋滞はなかったのですが到着まで約2時間掛かってしまいました。時計は23時を越えています。

城址公園の入り口付近は児童遊戯施設が置いてありましてね。コンクリートの山のような滑り台やブランコ、雲梯も確かあったな。夜中なのに結構街灯が明るいんですよ。ベンチを数基照らしていましたね。

その児童公園の周りには、深さ1.5メートルほどの枯れ川がありました。城の堀のように、その小さな児童公園をぐるり半円状に囲んでいましたね。

先へ行くと、堀のような川を渡す小さな橋がありましてね。小道へと続き、まっすぐ行くと階段、左には緩い下り坂となっていました。

亘理さんを先頭に、ついて行きましてね。正面の階段を数段上がった時でした。

「うわっ」

亘理さんが仰け反って、上を見上げて固まりまして。次いで、後退りしてきました。

 狭い一本道ですからね、私も下がらざるを得なかった。亘理さんが何を見たのかも分からずにそのままが下がり、小さな橋に戻って渡り、児童公園まで下がりました。

「こうやってんだよ!こうやってるの!」

亘理さん、ひどく慌ててそう言いましたが、何を言っているのかわからない。彼は両腕を曲げて肘を左右に張り、脇を空けた姿で、しきりになにか訴えようとしていました。

「だから、こうやっているの!」

どうやら、彼が今している、肘を張った格好の人がいるんだ、と言いたかったようです。

彼の話はかいつまみますと、こうなります。

私達に先がけ先頭を歩いていると、ふと誰かに見られている気がしました。その気配を辿りつつ、5段しかない階段の途中で、彼は視線が上の方から来ていることに気づいたのだそうです。

視線の元を追って、階段の傍らにある杉の木を見上げた時に、それは居ました。

白装束で烏帽子を冠る男の人が、空中に浮いて見えたのだそうです。

宙に浮かぶその人は、先ほど亘理さんが仕切りにやって見せたように、腕を曲げ肘を張っているんです。

その格好が何を意味しているのかは解りません。亘理さんがその白装束の人を窺っていると、遠くを見るような視線を、急に我々に向けたんだそうです。目を叫んばかりに見開いて、異様に大きく見える眼球で睨みつけた。それに驚いて、亘理さんは後ずさった、という訳です。

 「あの白装束の人、きっと怒っているんだ。進まないほうがいいよ・・・」

亘理さんが言ったその真っ青な顔は、橋の向こうの木を見つめ、目を見開いている。まるで彼の語る、宙に浮かんだ白装束の人そのままのようでした。

 時間を掛け、この地に来たものですからね。去りがたいとは思いましたね。そうは言っても、階段の先に行くのは躊躇してました。

もう一方の道こそ、実は、本当の城址公園に続いていたんですが、そこはさらに暗いんですね。街灯がないんで、もう足元も見えないくらい。

階段の道の方はどうやら白装束の人がいるし。もう一方は転んでケガしそう。どっちも恐いんですよ。

正直、亘理さんの目撃談で足が竦んでいましてね。しばらくその場に突っ立ったままでした。

その時でしたね。堀の向こうの、山の方から黒いものがサッ、と飛び降りてきたように見えましてね。黒いものはそのまま、堀の中に消えました。

最初、野鳥かなにかだろう、と思って気にしていませんでした。

すると今度は、亘理さんが、

「あっ!」

と短く叫びましてね。彼も黒いものを見たらしいんです。

 亘理さんが言うには、堀の中から黒いものが一瞬姿を見せ、堀の中にまた飛び込んだように見えたそうでして。

「ヤバイ!何かヤバイよ!」

亘理さんは焦り始めました。

 恐らく、亘理さんの見た黒いものは、私の見たものと同じものでしょう。私にしてみれば、野鳥かムササビの類ではないか、と思っていましたので、慌てることもなかった。

「野鳥とかじゃないぞ!ムササビでもない!第一、どちらにしたって、動物が人の声がする方に出てくる訳無いだろう!」

確かに彼の言う通りでしたね。

 彼が言うには、黒いものは人の影に見えたそうです。頭も胴体もある、黒い人の影だった、と言うんですよ。

そんな馬鹿な、と言おうとしたその矢先です。堀の中から黒いものが再び飛び出しました。ヒュン、と素早く、コンクリートの山のような滑り台の影に回り込みました。

「う、うあ」

思わず私も呻きました。確かに亘理さんの言う通りでした。

 その黒いものは、人の形をしていました。彼の言うまま、確かに頭も胴もある。ですが、丁度胸から下が無いんです。左胸の辺りから斜めに。まさに袈裟斬りにスッパリと切り落としたかのような影でして。

「居たろう?見えたろう?」

亘理さんが同意を求める中、その黒い切り絵のような人影が再び飛びました。私達から見て正面の、数本ある電信柱の影に回り込んだのです。

 「亘理さんっ!ア、アレ、こっちに来てる・・・」

その影、段々と近寄ってきているんです。

 「うわわわっ!ほ、ほんとだっ!近寄ってきている!」

影は公園の境に、左右に立った電信柱の後ろから後ろへと、ヒュンッ、ヒュンッ、と素早く移動します。そして、あれよという間に、3メートルほど前にあった電信柱の影に入り込んだのを目撃しました。

 「逃げろっ!」

誰がそう叫んだか。とにかく私達は車へと逃げ帰りました。

 決してモタモタしていたわけではなく、乗り慣れた自家用車ですから、すぐにもエンジンはかかりましたが、もどかしかった。

と言いますのは、影の尋常でないスピードに追いつかれてしまうんじゃないか、と内心、かなり焦っていましたから。不安なことこの上なかったんです。

案に相違して、車は滑るように走り出しましてね。車内は何事も起きなかった。

城址公園から続く、霊園脇の小道を下り、とうとう2車線の道路に出ましてね。ほっとしたのも束の間。

亘理さんが窓の外を指さし、

「うっわっ、あの女、おかしい」

と叫びました。

 二車線道路沿いに面した霊園の斜向かい辺りには、農家がありましてね。その家の前に、藤棚とテーブル、切り株のような椅子が数脚置いてあるスペースがありまして。そこに、妙に背の高い、上から下まで真っ赤なワンピースの女が立っていた、と言うんです。

残念ながら、私はその女性の姿は見ていません。そして、先程の黒い影とはどのような関係があるのかはわかりません。

ですが、私の聞いた話では、赤いワンピースの女性は霊園前の電話ボックスに現れるという話もありました。その話も思い出したんですよね。

正直、追いつかれた感が否めなかった。何せ、私達を待ち構えるように、その赤いワンピースの女性が現れたわけですから。

その時、よせばいいのに運転していた先輩が、

「確認したい」

と、言い出しましてね。やめようよと、言う間もなく、車はUターン、その農家の庭先へと戻りました。

まあ、戻ることに関しては、半分自棄になっていましたね。城址跡にいたあの影はもうとっくに追いついているんだろう、と思っていましたので。何が起こるか確かめてやれ、という気持ちも強かった。

実際、戻ってみると、亘理さんの言った女の人の姿はなかった。

「本当に見たのかよ?」

疑がう先輩に対して、亘理さんは少し気色ばんでいましたね。

「本当だって!見えたんだって!」

と、キレ気味でした。

 「ふむ。何だか薄気味悪いや。城址公園といい、その出口の女といい、俺には一向に見えなかったけどな」

先輩は少し不服そうでした。彼は常々、幽霊が見たい、と言っていましたので。

 それでも亘理さんや、たまたま黒い影を見てしまった私達二人の様子のただならぬ緊張感に触れたためでしょう。薄気味悪さは感じていたようです。程なく帰ることになりました。

帰路に向け、再び車を返してすぐでした。突然、亘理さんの携帯電話がけたたましく鳴り響きましてね。車内が一瞬で凍りついた。うっ、とばかりに息を飲んだ、という訳です。

運転している先輩まで、後部座席の亘理さんの挙動を気にしているのが分かりましたね。彼も耳を澄まし、背中で聞いていました。

当の亘理さんですが、携帯電話を耳に当て一つ小首を傾げ、着信画面を確認しては、もう一つ小首を傾げていました。彼が神妙な面持ちで、

「どこからかかったか解らない。電話番号が表示されていないのに・・・。でも、確かに携帯は呼び出し音が鳴ったよね?・・・電話にも誰か出ていた・・・」

そう言うなり、みるみるうちに顔が青くなった。そしてポツリと言ったんです。

「一瞬だけ、ほんの一瞬だけだけど、女の人の声がした・・・」

 ゾッとしましたね。一瞬、亘理さんが見たという、赤いワンピースの女が電話をかけてきたんじゃないか、という考えが過ぎりましたから。

亘理さんの携帯に電話がかかった。出てみると、何を言っていたのかわからないけれども、女の人の声がして切れてしまった。その女の人の声には、彼は思い当たる人もいない。そこで、着信履歴を見てみると、電話番号が表示されていない。つまり、誰から電話がかかったのか分からない。

亘理さんの言葉を要約すると、こんなところになりますか。

 車内はそれから、どんよりしちゃいましたね。とどめの亘理さんの電話の件で、ドッと疲れを覚えました。

先輩もいつになく無口。きっと、事故を起こさないように特に注意して運転していたんでしょうね。

会社に着き、みんなと別れ、自分の車で家についてみると、午前3時を回っていまして。

家族を起こさないようにそっと自分の部屋に行き、布団に潜り込みました。

 翌朝、起きて台所に降りてみますとね、家族がみんな揃っていました。

そこで、勘の鋭い弟が、開口一番にこう言いましてね。驚きました。

「兄貴、昨日の夜中、心霊スポットに行ったろう?」

 何で弟に分かったのか不思議でしたね。当時、カラオケや麻雀で午前様はあったけれど、心霊スポットに行って12時を過ぎたことなんて一度もありませんでしたから。

「ん?な、何で?何でそんなことを聞くの?」

と、内心少し恐がりながらもそう答えますとね、弟は深く頷いてこう言いました。

「やっぱりな・・・。どこに行ったかは知らないけどさ、お陰で変な夢を見て魘されたよ」

多分、私の表情を読んだのでしょうね。私が告げずとも、心霊スポットに行ったことを確信していた口調でしたからね。

 弟の見た夢は、こんな夢です。

彼が居間にいると突然玄関が開き、私が飛び込んで来て倒れ込みましてね。うつ伏せの私を弟がひっくり返してみると、血だらけでした。

まるで刀で”袈裟懸け”に切られたように、胸からお腹にかけて切り傷が裂け、下の肉も見えていたんだそうで。

弟は、兄貴が切られた、兄貴が切られた、と叫び、いつの間にか来た救急車で運ばれる私を見ていた。後味の悪い夢だったそうです。

余りにも現実味を帯びた夢でしたので、弟は心配になり、起きてすぐに私の寝ているところを確認してくれたようです。

その時は正直怖くて、弟に、私達がどこに行ったのかは言えませんでした。

やっぱり城址公園にいたあの黒い影は私の家に着いて来てしまったんだ、呆然としてそう思いましたからね。

 
 
 

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